土木学会池内新会長 記者会見
土木学会は6月13日、2025年度定時総会を東京都千代田区のホテルメトロポリタンエドモントで開催し、第113代会長に池内幸司氏(河川情報センター理事長・東京大学名誉教授)の就任が正式に決定した。総会後には記者会見が開かれ、池内新会長が抱負や今後の方針について集まった記者たちの質問に答えた。当日の様子をレポートする。
池内新会長が語る新しい取り組みや考え方
「異常の常態化」とも言えるほど深刻な局面
「自分ごと」としての防災意識
−−防災・減災・国土強靱化計画が新たに策定されましたが、ご所感をお聞かせいただけますか
池内会長 基本的には、やはり事前防災をしっかり進めていくことが、結果として全体のコストを抑えることにつながると考えています。防災は言うまでもなく命を守るための取り組みであり、本来であれば最優先で取り組むべきものですが、現実には十分な投資が追いついていないのが実情です。
また、私自身、長年水害対策に携わってきた中で特に強く感じているのは、近年の災害発生状況が「異常の常態化」とも言えるほど深刻な局面にあるということです。
そうした状況の中で、未然に備える事前防災にしっかりと投資を行うことこそが、防災の基本であると強く認識しています。
−−会長はかつて内閣参事官も務められていたと伺っています。先日、南海トラフ巨大地震に関する新たな被害想定が発表されましたが、これを受けて、市民への呼びかけや発信について、どのようなお考えをお持ちでしょうか?
池内 何よりも重要なのは、「自分ごと化」だと思います。
南海トラフ地震については、規模の大小はあるにせよ周期的に発生してきた地震であり、いつ起きてもおかしくない状況にあります。
一方で、仮に巨大地震が発生した場合、行政の対応にはどうしても限界があるというのが現実です。だからこそ、自分自身の命を守るのは、自分自身の行動にかかっていると強く感じています。もちろん、南海トラフ地震に備えて、事前防災の観点からインフラ投資を行うことは不可欠です。ただ、それでもすべてをカバーすることは難しく、数十年百年単位で一度整備するようなインフラをもってしても、想定を超える事態が起こる可能性があります。
そういったときに大事なのは、「少なくとも命を守る行動ができるかどうか」。
そのためには、各地域で具体的にどのように行動するかを“自分ごと”として考えておくことが重要です。さらにもう一歩踏み込んで言えば、「考えるだけではなく、実際に動いてみること」が必要です。年に一度でも構いません。自分の避難ルートを実際に歩いて確認してみる、避難先の候補を複数持っておく、あるいは、帰宅困難になった場合にどこに逃げるかを考えておく。
そうした具体的な避難行動をシミュレーションしておくことが、命を守る第一歩になります。
カーボンニュートラルへの取り組み
俯瞰的に整理し、土木分野としての役割と可能性の明確化
−−今回、会長プロジェクトの中でカーボンニュートラルがテーマとして据えられているとのことですが、このテーマは分野横断的な取り組みであり、まちづくりや交通といった分野も含まれていると伺っています。そこでお伺いしたいのですが、こうした広がりのあるテーマに対して、他の学会との連携も含め、どのような体制で検討・議論を進めていかれるのか、体制面について教えていただけますでしょうか。
池内 体制につきましては、土木学会全体を視野に入れますと、非常に多様な専門分野を持つ方々がいらっしゃいますので、まずは学会内部の有識者を中心に委員構成を検討しております。そのうえで、必要に応じて外部の専門家のご意見も伺いながら議論を進めていきたいと考えております。実は今回のプロジェクトを始める前、半年ほど前から各分野へのヒアリングを行ってきたのですが、既にさまざまな取り組みが個々に進められていることが分かってきました。ただし残念ながら、それぞれが個別に動いており、全体としての方向性や連携が見えづらいというのが現状です。
そこで、本プロジェクトでは、まずはこれらの取り組みを俯瞰的に整理し、土木分野として何ができるのか、どのような貢献が可能かを明確に示していきたいと考えています。
また、現場で実際に進めようとしたときに、規制や基準といった制度的な課題がネックになっているという声も多くいただいております。そのため、今後はそうした課題を個別に整理し、どの基準や制度が具体的に障壁となっているのかを明確化し、改善策を提言としてまとめていく方針です。
−−会長プロジェクトのテーマでもあるカーボンニュートラルについて伺いますが、上下水道事業は、水をポンプで送るという事業の性質上、電力消費が非常に大きく、カーボンニュートラルへの対応が特に強く求められている分野だと認識しています。先ほどご紹介のあった矢作川のカーボンニュートラルプロジェクトの中でも上下水道に関する施策が含まれていたかと思いますが、上下水道分野におけるカーボンニュートラルの実現に向けては今後どのような取り組みが必要とされるとお考えでしょうか。また、それに対して土木学会としてどのように貢献していけるか、会長のお考えをお聞かせいただけますでしょうか。
池内 まず、今まさにおっしゃった通り、ポンプの使用にはかなり費用がかかっていますよね。これは地域の水利権との調整も関わってきますが、やはり場所によってはできるだけ上流で取水したほうがポンプ代を節約できますので、その意味でも取水地点の見直しがまず一つのポイントになるかと思います。
それからもう一つは経営体制の話です。今、愛知県などで取り組みが始まろうとしていますが、上下水道を一体で管理する体制づくりや、管理の広域化によって経営の効率化を図ろうという動きがあります。さらに、上水についてはまだ検討段階ですが、下水のほうでは汚泥を集合管理して、例えば上水と下水両方の汚泥を一緒に処理する仕組みを作ることで、効率が上がり、カーボンニュートラルの実現にもつながると考えています。
そのほかにも、まだ詳しくは言えませんが、新たな技術開発に取り組んでいます。矢作川下流域のプロジェクトでは、公的機関だけでなく民間のパイロット事業も加わっており、さまざまな主体が参加して進めているところです。
ぜひこうした動きにも注目していただければ嬉しいです。
設計の段階からメンテナンスの視点を取り入れることが重要
土木の原点は現場から
−−土木の魅力の発信に関してはどうお考えでしょうか。
池内 実は、カーボンニュートラルに関する取り組みは、このほかにもいくつか進んでいます。
特に感じているのは、最近の若い世代の方々は、我々以上にカーボンニュートラルの課題に強い関心を持ち、「自分ごと」として真剣に捉えているということです。
そうした背景の中で、土木分野が社会に果たしている貢献を積極的に発信していくことは、カーボンニュートラルの推進に寄与するだけでなく、土木そのものの魅力を伝えることにもつながると考えています。
−−インフラメンテナンスの検討会を新たに立ち上げられるということですが、先ほど前会長からお話があったのですが、これについてどのように考えられていますか?
池内 引き続き佐々木前会長にリーダーシップを取っていただいておりますが、ご指摘のとおり、「インフラメンテナンス」と言っても、単なる維持管理にとどまらず、もっと広い視点が求められる分野であると考えています。
今回の八潮の事故を受けた議論の中でも出てきましたが、インフラは設計・計画段階から既にメンテナンスの視点を取り入れていく必要があるという認識が、今後ますます重要になると感じています。つまり、インフラ全体のライフサイクルを通じたマネジメントが求められており、それをどう設計・運用していくのかが、今後の議論の焦点になると考えています。
またもう一点、「自分ごと化」の重要性についても触れておきたいと思います。
インフラの維持管理には、納税者や事業者といった社会全体の理解と負担が伴います。
そのため、専門家の間だけでなく、市民や関係者全体が主体的にこの課題を共有し、自らのこととして向き合えるような働きかけが不可欠です。
このように、個別の技術論にとどまらず、持続可能なインフラの維持運営という広い視点からの議論を進める必要があると感じています。
その意味でも、佐々木前会長のご説明にあった単一の部門に閉じることなく、各部門・各専門分野が横断的・緩やかに連携する体制が意図されており、非常に意義のあるものだと思います。
−−土木をつくるということの役割が大きい現場の方々に向けて、なにかメッセージをいただけますか。
池内 やはり、土木の原点は現場にあると私は考えています。どれほど優れた設計書を作成したとしても、実際に形あるものとしてつくり上げてくださるのは現場の方々です。
私自身、現場監督の経験を通じて強く感じたのは、構造物をつくる際に、その重要性や背景、求められる品質などをしっかりと現場の方々に伝え、理解していただくことの大切さです。そのうえで、どのような点に留意して施工を進めるべきかといった情報も丁寧に共有し、現場と設計側が“キャッチボール”をしながら進める姿勢が不可欠だと実感しています。
現場で働く方々は、土木事業の極めて重要な役割を担っています。そうした皆さんが誇りを持って仕事に取り組める環境を整えることも、私たちの大切な責務だと考えています。
いずれにしても、私自身、土木の現場で多くの経験を積んできましたので、あらためて、「土木は現場である」という原点を大切にしながら、今後も現場の皆さんには頑張っていただきたいと思っています。
基準が壁に。新しい技術とのすり合わせが必要
i-Constructionの経験から見る、次の課題の焦点
−−今、技能者だけでなく技術者についても担い手不足が深刻化しているという声が、業界内で少しずつ出てきています。そうした中で、国交省の技官をされていた当時に、i-Constructionの取り組みを始められたかと思いますが、生産性向上や省人化の面で、何か土木学会として進めていくお考えがあれば、ぜひお聞かせいただきたいと思います。
池内 土木学会全体として今どう動いているかというのは、私の方から明確には申し上げられないのですが、私はi-Constructionを立ち上げた当事者です。
当時、私が本当に驚いたのは、皆さん「できる」とおっしゃったことです。特に大手ゼネコンの方などは、「むしろ今まで何でやってなかったんですか?」という反応でした。私が心配していたのは、地方の中小の建設業の方々が慎重なのではないかという点でしたが、実際には、地方の若手の方々からも賛成の声が多くて。それを見て私も一気に勇気が湧きました。
いろいろな方と出会って感じたのは、「今やらないと将来がもたない」という危機感が、業界全体に共有されていたということです。そうした中でi-Constructionを進めていったわけですが、やはり課題もありました。
皆さん、「できる」とおっしゃるし、実際に技術的には「できる」んです。ただ、何がネックだったかというと、じつは「基準」だったんですよ。新しい機械や技術を使えば、すごく効率化できるのに、従来の基準が厳しすぎて、それに合わせなければならない。少しスペックを変えるだけで大幅に効率が上がるのに、「これまで通りの方法でも一応できる」から、それで済ませてしまう。
その「基準を変えない」ことが、実は一番の壁だったんですね。
当時、国交省では基準見直しの事業が14〜15件ほど進んでいて、私の在任中に3カ月ほどで一気に見直したものもあります。ただ、残念ながらそのときには「基準緩和」までは踏み込めなかったのが実情です。
一部、実現できたのが、写真の重なり率の見直しです。以前は「90%以上の重なり」が必要だったんですが、現場の技術者の方から「80%でも全く問題ありません」と言われて、実際に確認したらその通りだった。たったそれだけで生産性が倍になります。
こうしたことから、今後大事になるのは「従来の基準をどう守るか」ではなく、「そもそもその基準が本当に妥当なのか」を問い直すことだと思います。
これは私個人の考えであって、土木学会の公式見解ではありませんが、基準というのは、今の技術水準や現場の実態に合わせて、もっと柔軟に見直されるべきです。「この性能であれば支障がない」「この範囲であれば大幅な効率化ができる」というような、新しい技術との“すり合わせ”が必要な時代に入っていると感じています。
単に「能率を上げる」ことが目的ではなく、最終的には国民、つまりユーザーの視点で、「その技術・方法が本当に問題ないのか」「許容される水準なのか」を考える必要があります。そこから逆算して基準を緩和することで、今まで使えなかった技術が一気に活用可能になる。そういう方向で進めるべきだと、私は思っています。