Interview

今後の橋梁計画のスタンダードになるか? 『橋の計画と形式選定の手引き』座談会

2024.05.21

橋梁計画段階で多様な選択に挑戦せよ

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>久保田 善明氏

土木学会 構造工学委員会
橋梁予備設計の適正化に関する研究小委員会
委員長
(富山大学教授)

久保田 善明

>松村 政秀氏


副委員長
(熊本大学教授)

松村 政秀

>小松 純氏


幹事長
(中央復建コンサルタンツ株式会社)

小松 純

>玉越 隆史氏


幹事
(国土交通省国土技術政策総合研究所)

玉越 隆史

概要動画Overview Video

 土木学会構造工学委員会橋梁予備設計の適正化に関する研究小委員会は、2023年5月に『橋の計画と形式選定の手引き』を発刊した。新設する橋のあり方をほぼ決定づけるのは、詳細設計よりもむしろその前段階にある橋梁計画(予備設計・概略設計・計画設計・一般図作成などと呼称される段階)や道路計画の段階であるとし、現場の状況に応じた適切な形式選定や、リスク管理、新技術の導入、選定案のブラッシュアップなどを計画段階でよく検討しておく必要性を唱えている。これは、橋の計画から設計、施工、維持管理に至るまでの全工程を見据えた橋梁計画とすることを目指したものといえる。とりわけ、橋梁計画段階では、詳細な地質データや住民やステークホルダーとの合意形成などまだ不確定な要素があり、かつ優れた新技術を採用しようとしても実績不足などの理由で不採用となることも少なくない。しかし、橋梁計画の段階から実際の工事に入るまでは通常でも3~5年程度かかり、その間に種々の条件や情報の精度、新技術の信頼性や実績等も向上し得ることから、検討過程全体をうまくマネジメントすることが重要としている。例えば、計画時に選定する最適案を無理に1つに絞り切らないことで、後工程の選択の幅を必要以上に狭めないようにすることや、形式選定も単に形式を選定するだけでなく選定された案のブラッシュアップまでを計画段階で行うなど、最適な設計案が実現するようなプロセスのマネジメントを行うという考え方が特徴的である。つまり、「フロントローディングをしっかり行い」(久保田善明委員長:富山大学教授 )、「初めにできるだけ多くの材料を提示し、徐々にフォーカスしていく」(玉越隆史委員:国土技術政策総合研究所)ことで手戻りを無くし、性能的にもコスト的にも最良の構造物を目指そうというものである。同手引の作成に携わった、久保田善明委員長(上述)、松村政秀副委員長(熊本大学教授)、小松純幹事長(中央復建コンサルタンツ)、玉越隆史委員(上述)の4氏にその内容について聞いた。


左前:小松氏、左後:久保田氏、右前:玉越氏、右後:松村氏


『橋の計画と形式選定の手引き』 (リンクは右クリックして「新しいタブ」で開いてください、下記も同)https://committees.jsce.or.jp/struct/system/files/R5.3_hashi_tebiki%20%285%29.pdf

講習会動画
https://youtu.be/ngr4aZNQQrA

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橋梁計画が機械的なルーチンワークに陥っていないか?

橋梁計画が機械的なルーチンワークに陥っている現状

特に災害において契機になったのが東日本大震災

 ――出版の経緯と問題意識について

 久保田 そもそもの出発点として土木学会に小委員会を立ち上げるきっかけとなったのは、橋梁計画に対する問題意識が以前からあったことに加え、直接的には、私がある地方整備局の橋梁形式等選定検討会という橋梁予備設計の成果物を確認し必要に応じて改善意見を述べるという会議に外部有識者としてかかわったことです。

 その際に橋梁予備設計の成果物を見る機会が多くあったのですが、多くの事例で、橋梁計画がほぼ機械的なルーチンワークになってしまっており、そのプロセスに存在する不十分な点がいつまでたっても改善されないまま「そのようなもの」として処理されているような状況がありました。例えば、橋梁予備設計では多数の橋梁形式を比較検討しますが、「橋梁形式を選定する」ことが橋梁予備設計のゴールになっており、最終的な1つの形式を選定すればそれで終わりというものでした。つまり、そこで選んだ形式が実際にどのような橋としてその場所に架けられるのかというところへの確認や配慮が足りていないのです。また、計画時の条件としてどのような不確実性のもとに計画を行ったのかということが必ずしも十分に引き継がれないことから、選定した形式が最後まで合理的であり続けるのか実は定かでない場合もあるのです。

 計画段階でのコスト算出は概算の域を出ないにもかかわらず、算出されたコストに過剰に信頼を置き、100年間のライフサイクルコストで0.1%でも安ければ経済的に優位と判断するなどということも平気で行われていました。加えて、計画段階だからこそ可能な様々な工夫や最新の知見の導入などを含める余地が標準的な計画プロセスの中にないことも問題でした。そのような点に改善の必要性を感じていたところに、松村さんから新しい小委員会のテーマとして何かないかと相談されたのです。


気仙沼湾横断橋
(大日本ダイヤコンサルタント提供)


 松村 2006年に土木学会構造工学委員会の中に「シビルエンジニアのための構造計画を考える小委員会」を東京大学の藤野陽三教授(当時)にお声がけいただき、一般図作成業務~どこが道でどこが橋でどこにトンネルを造るか~の設計に携わったのが個人的には橋梁計画に関心をもつようになったきっかけです。その後、景観も考慮しましょうということで、土木学会関西支部の共同研究グループとして「都市空間の魅力を創造する橋梁設計のホーリスティックアプローチ」というWGを立ち上げて、これも久保田さんと一緒に、今までの設計の範囲を超えて、もう少し幅広く設計をとらえてみていくと今まで以上に良い橋ができるのではないかという調査検討を行いました。

 検討を行ううちに、全国的に成果物や意識を広げるために、構造工学委員会の中でメンバーを集めてやっていけばいいのではないかと考えました。並行して、設計法や新しい道路橋示方書(H29年版)ができ、限界状態設計法のフォーマットへと変わり、橋梁の想定寿命も100年に伸び、橋梁設計の自由度も高まるということで、議論するのにちょうど良いタイミングでした。合間には新型コロナなどにも見舞われましたが、何とかまとめることができました。

 小松 久保田さんから当社に幹事長を出してほしいと要請があり、当時の上司から推薦された形で私も小委員会に加わりました。それから橋梁に強いコンサルタントも含めて、発注者、ゼネコン、大学の先生、鋼橋およびPC橋のファブリケータなどを含めて委員が構成されていきました。

 玉越 橋梁計画、形式選定に関する問題意識は国の方でも持っていました。特に災害において契機になったのが東日本大震災でした。津波に対して構造物単体ではとても対応しきれませんでした。もう少し大きな視点、例えば復興道路をどのように作るのかということになってくると、構造物の配置、路線の選定に加えて、どういう構造物を造るべきか、というところが課題として浮かび上がってきました。その後にも熊本地震がありました。一方で政治の方では国土強靭化で防災機能を高めていかなくてはいけないという方針が示されたこともあって、久保田さんからお声がけいただいて、学会も国も考えているテーマだから一緒にやりましょうということで入らせていただきました。当初から国総研、地方整備局、本省と一緒になって両輪でやってきたという経緯があります。

技術をもって社会の発展に貢献します 短支間の橋おまかせください わたしたちは 橋梁・コンクリート構造の専門家です!

「アウトカム」については最低限というものはない

リスクを減らすことに挑戦しないと、より良い橋はできない

 ――手引きとリンクするであろう国総研資料1162「道路橋の設計における諸課題に関わる調査(2018-2019)について少し説明してください

 玉越 設計技術基準でできることは道路構造令の解釈基準なので、安全率がどうあるかとか、これは基準なので法令に準じて最低限を縛るものです。性能的に足りないもの、逆に贅沢なものはダメです。性能規定化しようが、技術基準というのは社会に対してインフラが持つべき最低限の性能を縛ることに意味があります。しかし技術が進歩する中で様々な可能性が生まれています。画一的でない解の中でどういう橋にすべきか、あるいは数字に表れないリスクを減らすことに挑戦しないと、より良い橋はできません。技術基準や設計基準は、ルールに則ったアウトプットを出すものです。

 一方、社会的ニーズとして道路構造物あるいは道路橋に対して、なるべく被災しないものや長寿命化が図れる、あるいは景観性の良いものにして欲しい、などは「アウトカム」です。それについては最低限というものはありません。また基準も作れません。そこを今までは計画段階で学識者に助言をいただくとか、管理者の選定委員会があって、管理者の意思として決めるということをやっていました。

 しかし、それはその時携わった人による「属人的」な要素が強すぎて、どうしても質がばらける、あるいは偏る可能性があります。そこに対してルールを作り、集大成する参考資料があると、国がよくなるのではないかという問題認識がありました。国総研資料1162は全整備局と北海道開発局、沖縄総合事務局、土木研究所、本省の道路局も関わっています。橋梁計画・予備設計に関わるところで設計基準では補えないところに、どんな課題があり、それをどのように補うべきなのかを議論・検討してまとめました。今回、土木学会がまとめた手引と目指すところが一緒なので、そういう意味で両輪であると思っています。

公共インフラの意思決定権者は行政、しかし彼らは構造の専門家ではない

 ――執筆メンバーについて教えてください

 松村 当初のメンバーは、大学、国総研、国土交通省、自治体、コンサルタント、高速道路会社、鉄道会社、など18名でスタートしました。1年後、メンバーを増やし、橋梁ファブや建設会社、支承メーカーなども入れて24名となりました。その後、異動による交代などもあったので、総勢でいうと37名が小委員会に関わったことになります。


築地大橋
(大日本ダイヤコンサルタント提供)


 ――これだけの多くの業種が集った意図をもう少し詳しく

 久保田 橋というのは、さまざまなステークホルダーが関わる重要な社会インフラです。その計画、そのあるべき姿を検討して何らかの出版物として世に問うわけですから、多様な立場、多様な専門分野から委員に入っていただきたいと考えました。また、実際に実務の現場で使ってもらえる資料とすることが重要でしたので、そのための知見を幅広く集められる委員構成にしました。なかでも国総研との連携は重要と考えていましたので、最初は当時国総研から京大に出向されていた中谷昌一氏(現日本デジタル地図協会専務理事)や、後に国総研所長になられた木村嘉富氏(現 橋梁調査会審議役)に仲間に入ってもらいました。中谷さんは翌年に定年を迎えられたので、その後は玉越さんに引き継いでいただいたというわけです。

 ――自治体も国の出先機関である整備局も入っています。住民に近く、実際に事業説明を行う立場の方も委員に入っていますね

 久保田 やはり現場の最前線で実際に橋の計画や設計、施工に事業主の立場で仕事に携わっておられる方々に入ってもらうことは重要です。設計業務や工事の発注者でもありますから、ある意味、この手引きを最も使っていただきたい方々です。

 玉越 公共インフラの実務の意思決定は行政が行い、その技術的内容の多くは各整備局や自治体の職員であるインハウスエンジニアが決定することになります。

 しかし彼らは必ずしも構造の専門家ではなく、例えば支承の機構など構造の詳細なところまで完全には理解できていないことが多いと思います。にもかかわらず、コンサルタントやファブリケータ、支承などのエンジニア、それぞれが専門性を発揮して出してきた成果について判断して決定しなければいけないわけです。そのギャップを埋めることに課題があります。計画と設計、道路線形と構造物の配置、橋梁形式選定など各工程にギャップが存在します。ギャップを埋めるのは今まで「経験」であったわけですが、経験は人によって差があります。したがって、埋めるべきギャップがどこにあるのか正しく認識してできるだけ改善できるようにしなければならない。それを議論しようとすれば、自ずと関わる全ての職位、立場の人が集まって検討しないといけないわけです。技術基準の原案として我々が入るのも自然だと考え、委員を務めていました。

普及のため電子出版にこだわる 講習会もYouTubeによる無料動画配信

部署として引き継がれるようになることが重要

 ――コンサルタントも橋に強いメンバーが入っていますね

 小松 意図的に橋に強いメンバーを集めたわけではありません。募集したら橋に強いメンバーが結果的に集まりました。

 ――今回、電子出版にこだわったのは

久保田 ずばり普及のためです。誰でも簡単にアクセスでき、しかも、無料でダウンロード可能としました。これを売って儲けようなどとは最初から1ミリも考えていません(笑)。土木学会に経済的な貢献はできませんが、もともと予算がほぼゼロの手弁当の小委員会ですので、そこはまあ良いかと思っています。むしろ我々の目的は実際の橋梁計画を改善していくことです。そのためにはできるだけ多くの橋梁技術者の目に触れる必要があります。講習会もYouTubeによる無料動画配信とすることで、全国どこからでも何回でも好きなだけ視聴できるようにしました。

 ――昨年12月に開催されたオンライン講習会の手応えは

 小松 わずか20日間で視聴回数が800回を超えたのは本当に驚きました。それだけ橋の計画に関心のある橋梁技術者が多いということだと思います。講習会後に寄せられたコメントを読んでいても好意的なものが多く、オンライン講習会は成功だったととらえています。ただ発注者の視聴が少なく、今後の課題であると考えています。できればより多くの発注者に今後は見てほしいと考えています。(※座談会収録後、4月22日~5月15日にも同じコンテンツによる再講習会が実施され、現時点で総視聴回数は1,500回を超えている。)

 ――発注者の技術者にどのように普及させていけばいいのでしょうか

 玉越 橋梁の計画や設計業務に関係する発注者の誰かが「この手引きは良いぞ」という感想を抱けば、部署としてそれを引き継いでいくと思います。人ではなく部署として認識されることが重要です。国交省、中間自治体、基礎自治体の橋梁を扱う部署で、この手引きが読まれ、部署として引き継がれるようになることが重要です。

――講習会の一般公開の期間は

 松村 今年いっぱいの予定です。

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