まちづくり効果を高める橋梁デザイン

まちづくり効果を高める橋梁デザイン
2024.07.16

Vol.2 地域価値を高める橋に必要な計画・設計の流れを考える

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人と夢を技術でつなぐ 人と自然が微笑む社会へ スクラップ&ビルドからストックマネジメントの時代へ

世界と勝負するために不足していることはなにか

 展示企画を練るなかで、ここ10年程度の間に完成した、詳しく紹介したい橋の候補が多くないことも痛感しました。そこには発注方式などいくつかの理由が思い浮かびますが、なかでも橋の構想段階の進め方に課題があると感じています。

 批判を恐れずに言えば、「地域・都市づくりの観点から、ここにどのような橋を架けるべきか」という議論がきちんとおこなわれないままに、計画・設計される橋が多いのではないかということです。

 発注者がそうした議論を求めない場合もあるでしょうし、設計者が議論に必要な資料を提示しない場合もあると思います。もし発注者と設計者双方が、そこに関心を持っていなければ、設計はきわめて機械的に進められることになります。

 設計条件を整理し、橋台の位置を検討し、橋長を決め、支間割のパターンを出し、支間長に対応する構造形式をリストから選び、コストを出して、比較表を作成し、案を絞る。いわゆる橋梁予備設計のフローです。

このフロー自体に大きな問題があるわけではありません。ただ、これを機械的におこなっているとしたら、大きな問題ですよね。だってそういう作業なら、AIのほうが人間よりも安く早く正確にできます。これまでの予備設計の膨大な成果を読み込ませれば、そう難しくなく、AIによる橋梁予備設計は可能になるでしょう。その先に待っているのは、機械的に計画・設計する人たちが職を失うという悲しい未来です。

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地域・都市づくりの観点から橋を構想する

一方で、トリエンナーレで詳しく紹介しようと考えていた橋は、いずれも地域・都市づくりの観点から橋を構想しています。近年のヨーロッパで高く評価されている橋も同じ特徴を持っています。現在、ヨーロッパの多くの都市では、都市インフラのリニューアルや人中心の都市空間の再構築に向けて、地域・都市再生に取り組んでおり、その一環として橋が架けられることが多いからでしょう。

 「地域・都市づくりの観点から橋を構想する」には、まずその地域や都市にとって何が必要なのかを考えなければいけません。その次に、それをどうやって橋で実現するのかを考えることになります。この順番で進めると、橋の常識から外れるアイディアが求められる場合もあるでしょう。でもそうした思考が、結果として、橋の新しい機能や新しい造形、新しい構造を生み出すことにつながっていると思います。

 図-5は、橋梁デザイン小委員会で作成したポスターの一部で、1980年以降における橋梁デザインにかかわる書籍を並べたものです。こうしてみると、橋のプロポーションやディテールの留意事項をまとめたデザインガイドラインや、構造デザインの可能性や展開を論じた書籍、構造とかたちを論じた書籍が並ぶ一方で、地域・都市デザインの観点から、橋の構想デザインを述べた書籍はあまりないことに気づきます。つまり、これからみんなで知見を蓄積していく必要があるということです。

 この連載もそれに向けたささやかな試みなのですが、橋梁デザイン小委員会でも同じテーマで議論を重ねています。そして、僕たちは、そのためには、これまでの計画・設計の流れを変える必要があると考えています。


図-5 橋梁デザイン関連書籍1980-2023
(土木学会景観デザイン研究発表会2023にて橋梁デザイン小委員会の活動としてポスター発表したものから抜粋)

橋の構想デザインという考え方

 地域・都市づくりの観点から橋を構想するために必要な計画・設計の流れとはどのようなものでしょうか。現時点の小委員会の考えをまとめたのが図-6です。おおまかな橋の形と構造システムを決めるまでの段階を、橋の構想デザイン(コンセプチュアルデザイン)とし、そのために必要な流れを表現しています。

 具体的に説明しますと、構想を練るためにはまず、「設計条件の設定」、「架橋地域の読み取り」、「社会的要請への適応」の3つの項目について整理する必要があると考えています。

 設計条件の整理は、前回の記事で紹介した「外から与えられる条件」がそれに該当します。橋として成立するために必須の項目です。ただ、条件を与えられたものとして整理するだけではなく、条件の変更やメリットへの変換をおこなうことが必要です。

 架橋地域の読み取りは、前々回の記事で紹介した「自ら設定する条件」がそれに該当します。橋の成立には必須ではないけれど、地域価値を高めるには必要な条件です。そのためには、場所特有の条件として,空間の履歴や場所の風景(風景の主役とスケール)、人の活動や経済性(場所の重要性)を検討することが必要です。ここが、地域・都市づくりの観点のひとつです。

 社会的要請への適応も、架橋地域の読み取りに比べて、広域的ではありますが、地域・都市づくりの観点だと思います。社会的要請というと、受身的に捉えられがちですが、SDGsや脱炭素社会、建設DXや木材の利用促進など、社会そのものを大きく変える可能性を秘めています。常に適用できるチャンスを伺う姿勢が重要だと思います。

 こうした整理を踏まえて、肝となる二つの試行作業を進めていくことになります。ひとつは、「地域価値を高める達成目標の設定」です。この連載の最初の原稿、あらためて橋の役割を考えるがこれに該当します。つまり、地域の価値を高めることができる「渡る」以外の橋の役割を発想する作業です。整理した3つの項目を踏まえながら、地域に提供したい価値と社会に提示したい価値の両面で考えるのが大切だと思います。

 達成目標の設定が言葉によるストーリーづくりだとすると、もうひとつの「具体的な形と構造システムの模索」は、橋のかたちにかかわる作業です。ですから頭とともに、手を動かすことが必要です。スケッチや模型など、手を動かし、橋のおおまかな形と構造システムを練っていきます。達成目標を実現できる形と、その形を実現できる構造、両者を両立するには、余程のスーパースターではない限り、エンジニアとデザイナーの協働が必要だと思います。

 ちなみに、図-6には試行錯誤・議論という渦が描かれています。上記のような検討作業が、フロー図のように段階を追って進めば良いのですが、これまでの経験を踏まえると、そう簡単にはいかないのがほとんどです。

 「具体的な形と構造システムの模索」を進める作業で、「社会的要請への適応」のあらたな項目が見えてくる場合もありますし、「架橋地域の読み取り」の追加作業をおこなう場合もあります。設計条件を再設定する場合も出てきます。

 つまり、おおまかな橋の形と構造システムの決定にたどり着くまでには、5つの項目を行ったり来たりしながら、議論と作業を繰り返すことになります。こう書くと苦行のように感じる方がいるかもしれませんが、むしろこれが最も楽しい時間だと思います。まさか!と思う方は、ぜひ一度、仲間と実施してみることをおすすめします。


図-6 橋梁デザインの計画設計の流れ
(土木学会景観デザイン研究発表会2023にて橋梁デザイン小委員会の活動としてポスター発表したものから抜粋)

おわりに

 ここまでご覧いただき、この構想デザインを、今の設計システムとどのように対応させるつもりなのかと感じた方が多いと思います。まさに、そこが重要なところです。

 次回は、橋梁予備設計を念頭におきながら、橋の構想デザインをどのように組み込んでいきたいと考えているのかをお伝えしたいと思っています。また、地域価値を高める達成目標の設定と、具体的な形と構造システムの模索は、抽象的な説明だけでは分かりにくいと思いますので、こちらも次回以降に、実例をもとに詳しく紹介したいと思います。

 次回は9月頃を予定しています。またご覧いただけますと嬉しいです。

 いよいよ夏本番を迎えますが、みなさまお体をご自愛くださいますよう。

 脚注・参考文献
 1)橋梁デザイン小委員会は下記のメンバーで構成されています(2024年時点)。


 2)ホセ・ロモ氏(Mr. José Romo Martín)はスペインの建設コンサルタントFHECOR社(フェコール社)の最高経営責任者であり、スペインの著名な橋梁エンジニアです。FHECOR社HP https://www.fhecor.com/index.php
 3)橋梁と基礎50周年記念特別号 特集「次世代に伝えたい50橋」,『橋梁と基礎』2016年8月号 橋梁と基礎のバックナンバーhttp://www.kensetutosho.com/Magazine/kyouryou/2016_kyouryou.html
 4)岩国市HP https://kintaikyo.iwakuni-city.net/tech/build3.html
 5)岩国市HP https://kintaikyo.iwakuni-city.net/news/?p=1711

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