インフラ未来へのブレイクスルー -目指すは、インフラエンジニアのオンリーワン-
②悲劇から学ぶ・鋼箱桁落下事故の教訓 ~ 一歩踏み出す勇気、変わらなければ進歩はない ~
(一般社団法人)日本構造物診断技術協会 顧問
アイセイ株式会社 エキスパートアドバイザー
髙木 千太郎氏
1.はじめに
我が国においては、私たちの生活や経済に欠かすことのできない社会基盤施設の一部として、数多くの道路橋や鉄道橋、人道橋などの橋梁の建設や更新、大規模修繕プロジェクトが全国各地で進められ、建設後は多くの人々に使われてきている。しかし、これら国民や利用者のニーズに応える重要なプロジェクトの中には、建設中に事故や異常事態が発生し、社会問題として取り上げられることが多々ある。今回の話題提供は、横断歩道橋(跨線デッキ)供用前の異常発生について導入編で、そして道路橋の建設中に発生した鋼製箱桁落下事故について本編で解説し、それぞれ私見を述べたいと思う。
『(仮称)高島水際線デッキ』の設計ミス
まずは直近、本年の5月31日に情報が公開されると大きな社会問題となり、私自身も驚愕した「設計ミス」の話しである。「設計ミス」は、横浜市が手掛けた『(仮称)高島水際線デッキ』建設工事で発生した。『(仮称)高島水際線デッキ』は、図-1及び2に示すように、みなとみらい大通りと『Kアリーナ横浜』に接続する街区60・61とを結ぶ、みなとみらい21地区に計画された歩道橋である。
図-1 (仮称)高島水際線デッキの位置/図-2 (仮称)高島水際線デッキ周辺の歩行者動線
『(仮称)高島水際線デッキ』の整備名称は、「(仮称)高島水際線デッキ整備事業」である。当該デッキの整備目的は、『Kアリーナ横浜』で開催されるイベントの終了時に発生する混雑の緩和と歩行者の安全確保などである。図-2に歩行者動線を示すが、『(仮称)高島水際線デッキ』が利用できない当初の『Kアリーナ横浜』でイベント開催時には、水色の動線(高島水際線公園際の通り)に示すように『公園連絡橋』を渡って、『Kアリーナ横浜』に向かうルートであった。
今回計画した新たな歩行者デッキが完成すると、ピンク色の実線で示すルートとなり、移動距離も短く、混雑緩和にも寄与する新ルートである。図‐3に『(仮称)高島水際線デッキ』の完成予想パース図を示す。
図-3 (仮称)高島水際線デッキのイメージパース図と歩行者動線
整備計画当初においては、昨年9月29日の『Kアリーナ横浜』開業と時を同じくして『(仮称)高島水際線デッキ』も供用を開始する予定であった。しかし、『(仮称)高島水際線デッキ』は、想定外の地盤の変化等で工法変更があり当初の予定を大幅に延伸変更し、図-4に示すように、今年度6月27日まで上部工工事期間及び別途6月1日の暫定供用開始について横浜市は公表していた。
図-4 (仮称)高島水際線デッキ鋼床版箱桁架設状況と工事看板
今回問題となった 『(仮称)高島水際線デッキ』の規模と構造は、橋長が130.4m(最大支間長 69.4m)、有効幅員が6mの3径間連続鋼床版箱桁橋である。下部工は、A1橋台が逆 T 式RC橋台、P1及びP2橋脚は鋼製橋脚、 A2橋台は鉄筋コンクリート橋台であり、基礎工は、A1橋台とP1橋脚が直接基礎、A2橋台とP2橋脚は杭基礎である。整備当初の予定では、令和2年度 基本・詳細設計、令和3年度下部工施工及び桁製作、令和4年度上部工架設及び上部仕上げ、 令和5年度 周辺施設整備工事で令和5年 10 月には供用開始の予定であった。横浜市が公表した計画総事業費は、 24.94 億円となっている。
長さ約1.2m、幅3mmのひび割れが張り出し部の基部に発生
横浜市が5月末に公表した供用開始中止の資料には、【本デッキの設計者(JR東日本コンサルタンツ株式会社)から、「橋台にひび割れが生じており、原因を調査したところ、設計ミスにより構造上の不具合がある」との報告がありました。安全性が確認できるまでの間、供用開始を延期します。このたびは、周辺にお住まいの方々及び来街者の皆様には、御迷惑、御心配をおかけしますことを深くお詫び申し上げます】に加え、【※現在、張り出し部の下部を立ち入り禁止とするとともに、安全対策工事を実施しています】と記載されている。
当該デッキの発注者は東日本旅客鉄道株式会社、設計はJR東日本コンサルタンツ株式会社、問題となった橋台の施工は鹿島建設株式会社である。設計会社であるJR東日本コンサルタンツ株式会社は、技術士160名を抱える著名な設計コンサルタントとして土木学会から数多くの受賞歴がある一流企業である。図-5に今回問題となったA2橋台の状況を示す。
図-5 (仮称)高島水際線デッキA2橋台完成状況
横浜市の広報資料によると、必要鉄筋量不足による強度不足によって長さ約1.2m、幅3mmのひび割れが張り出し部の基部に発生したとのことである。
図-6にA2橋台部に発生したひび割れ発生箇所とひび割れ幅が確認できる詳細な状況を示す。また、図-7にはA2橋台に作用する荷重位置を赤線で示した。ひび割れが確認できる部分は、エレベータに取り付く踊り場であり、そのために橋台梁部が左右アンバランスとなっている。
図-6 A2橋台のクラック発生個所及び詳細状況
図-7 A2橋台の上部工作用点
鉄筋コンクリート部材の当該箇所に発生するひび割れは、いくつかの原因が想定されるが代表的な理由を以下に示す。➀沈みひび割れ、ブリーディング現象による、②乾燥収縮ひび割れ、単位水量が多い、表面養生が不良、型枠の早期取り外しなど、➂水和熱によるひび割れ、単位セメント量や養生期の急激な冷却など、④アルカリシリカ反応など、原因想定で明らかなように多くが施工的な理由である。
張り出し部の基部にひび割れが発生した原因を鉄筋に限定して考えると、➀梁端部と中央で配筋量が大きく異なる場合の配慮、②鉄筋の配置不足や配置間隔の不均一など適切な鉄筋配置、➂使用条件に対する配慮不足による強度不足、などであるが、一般的に鉄筋コンクリート構造物の場合は、コンクリートの圧縮強度や耐久性の確保から最小鉄筋量の規定(当該箇所は断面積に対する最小鉄筋量が1/6以上)やかぶり厚規定があるために余程の誤りがない限り、曲げを受ける部材にひび割れが発生する可能性は低い。もしも設計の誤りとした場合、「部材の発生曲げモーメントの1.7倍がひび割れ曲げモーメント以下の場合には規定によらない」との記述を誤って解釈したことも想定されるがここで問題は軸方向引っ張り鉄筋量がどの程度入っていたかである。通常は、最大抵抗曲げモーメント(破壊抵抗曲げモーメント)をひび割れ曲げモーメント以上取るとすることとなっている。
また、部材断面の詳細規定で、1mあたり500mm2以上の断面積の鉄筋を300mm以下の間隔で配置と規定している。
8項目を守ることで、設計上の誤り発生のリスクを減少
公表資料によると、JR東日本コンサルタンツ株式会社の設計上の誤り、「設計ミス」と結論づけてはいるが、二昔前の手計算の時代ならいざ知らず、現行のコンピューターを使ったプログラミング計算及びキャドによる図面化が主流となっている時代において、今回のような鉄筋量不足の「設計ミス」発生及びひび割れ発生は全くの想定外、複雑な構造解析が必要な個所であるならいざ知らず、今回のような箇所での誤りは、作用荷重状態を十分に検討して設計すれば発生することが無い事態である。要するに今回の「設計ミス」は、設計担当者がどのような考え方で進めたかにあり、作用活荷重が群集荷重のみで一般的に地震荷重で必要鉄筋量や断面は決まる歩道橋であり、誤るはずがないとの軽い気持ちで設計を進めたことで、十分な鉄筋が配置されていなかった人為的なミスとの結論と推測される。
それでは、先に示すような設計上の誤りを起こさせないためには、➀設計基準の正確な理解と適用、②対象構造物の条件に応じた検討、➂品質管理の徹底、④設計照査プロセスの重視、⑤現場条件の把握、⑥分業体制における連携、⑦技術力の維持と向上、⑧慎重かつ丁寧な設計作業、以上の8項目を守ることで、設計上の誤り発生のリスクを減少させ、高品質な構造物の実現となるはずである。今回の歩道橋デッキ供用開始直前の異常事態発生について、設計者や関連技術者が肝に銘ずることは、常に『他者の視点を入れたダブルチェック体制』の確立と『設計ミスが及ぼす影響の大きさを認識し、常にリスクを意識しながら作業を進める』ことと同時に、『自動化ツールの活用』が持つ落とし穴に十分な注意を払うことが必要である。これは、設計の各ステップで発生するバランス調整や要求仕様の満足に不可欠である。
鋼桁落下事故
ここまで、直近に起こった設計ミスについて話題提供したが、次は今回の主題である、施工中の誤りで大惨事となった話である。私が話題提供する話には種々あるが、その中でも、昨年度静岡県で発生した鋼桁の落下事故は、橋梁建設業界においてこれまで何度か問題となった最も深刻な案件の一つである。鋼桁落下事故は、建設に係わっている作業員や通行者にとって極めて危険で悲惨な事象であり、その影響は地域社会や経済にも及ぶ重大問題でもある。
そこで、昨年度発生した鋼箱桁落下事故を受け、事故の背後にある背景や要因、そして最も重要な安全対策について私見を交えて探求することとした。以前の連載でも一部取り上げたが再度読者に話題提供するのはそれなりの理由がある。更に、現在進行中の種々な社会基盤関連プロジェクトにおいて、行政及び民間企業の技術者は、事故発生を未然に防ぐことが最重要課題であり、そのためには、今回の解説を参考にして過去に発生した同様な事故から学び、『安全・安心』を確保する将来への対策を検討し、早急に講じることが不可欠である。
本解説は、鋼桁落下事故に関する単なる統計処理と事実の羅列ではなく、我々の生活に密接に関わる問題について深く理解し、改善策を模索する一助となることを目指して、私の経験等を基に種々な面から分析し、解説している。社会基盤施設の整備、メンテナンス、修繕等に携わる技術者においては、今回発生した道路建設プロジェクトにおける鋼桁落下事故について洞察を深め、安全な社会基盤施設の実現に向けた取り組みを共に考えることが重要であり、本解説がそれに有効に機能することを期待するものである。