橋梁四方山話

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2024.12.02

第三話 斜張橋の発展と重なる半世紀を振り返って

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構造物の長寿命化 街の景観を美しく 創造と技術と熱意で未来へ挑戦する エンジニアリングがつなぐ人とインフラ

3.斜張橋新時代

 第一回で紹介したジャン・ミュラー(JM)は、スペーストラスと言われる鋼トラスとコンクリート床版を合成した新しい概念を1990年に発表した4)(図―5)。彼を尊敬して止まない筆者はその発想に触発され、この構造の実現にまい進していくことになる。JMの鋼トラス材は当初鋼管であった。しかし、トラス斜材の仕口形状が複雑でコストアップの要因になる。全形状を統一して鋳物で作ることも考えたが、解決策にはならなかった。そして、弦材となるコンクリート床版とトラス斜材の格点の接合方法も考えなければならなかった。この格点構造のせん断実験は図―6に示すような手法を開発し、初めてのスペーストラス斜張橋をシンガポールに建設した(図―7)。1997年完成のSBSリンクウェイ橋である。


図―5 ジャン・ミュラーのスペーストラス斜張橋 / 図―6 スペーストラスの格点耐荷力実験

図―7 SBSリンクウェイ橋


 1994年に完成した世界初のエクストラドーズド橋となった小田原ブルーウェイブリッジにより、斜張橋は新しい時代に突入したと言える。筆者はスペーストラスをこのエクストラドーズド橋にも適用できないかと考えるようになった。しかしコストの壁をなかなか超えることができず、スペーストラスの開発はそれ以上進むことはなかった。しかし、スペーストラス構造を変えずに、つまりそれが負担するせん断力を一定にして、その上に合成するコンクリート構造を床版や箱桁にすることで様々な支間長に対応できることが分かっている。この新しい考え方は、別の機会に述べることにする。

 小田原ブルーウェイブリッジの斜材で初めてエポキシ樹脂被覆のストランドを採用した。それまで斜材の防錆仕様は色々試されてきたが、これといった決定打がなかった。欧州では取り替えを考えたグリス注入やストランドごとのPE被覆が主流であった。しかし日本ではまだグラウト注入が主流で、小田原ブルーウェイブリッジではその付着性能向上とひび割れ低減を意図してポリマーセメントグラウトを採用したが、この現場の他に二橋の採用に終わった。

 日本では鋼斜張橋からの流れで、PC鋼線によるプレファブケーブルがコンクリート斜張橋でも採用されたが、世界では既にPC鋼より線による現場製作ケーブルが主流になっていた。小型の油圧ジャッキで一本ごと緊張できることと、取り換え時に目的のストランドだけを交換することができることが利点である。もちろんセメントグラウトではなく、亜鉛メッキ鋼より線を一本ずつPE被覆した仕様である。そして、日本も徐々にグラウトから亜鉛メッキやエポキシ樹脂被覆のPC鋼より線をPEで被覆した仕様に進化していった。日本で開発されたエポキシ樹脂被覆PC鋼より線はその後ドイツのディビダーク社に採用されることになるが、PCの先生であったドイツに日本の技術が逆に輸出されることは、その歴史を知る我々にとっては隔世の感がある。

 もう一つ斜張橋やエクストラドーズド橋の部材に関する進化を紹介しよう。それは主塔の斜材定着構造である。図―8にその進化を示す5)。中空構造の四辺をPC鋼材で補強した以前からある構造は、施工性が悪く時間がかかっていた。そして様々な変遷を経て、今は右側にあるような小判型の鋼板とプレキャスト型枠を併用した合成構造に行きついた。第二東名の中津川橋(図―9)に採用され、非常に施工性がよい。斜材張力が大容量の新名神の淀川橋にも採用が決まっている。斜材張力による水平分力は鋼板が負担し、鉛直分力はコンクリートが負担する。この構造の起点は新名西橋(赤とんぼ橋)である(図―10)。当時メタルタッチであった鋼板の水平目地は、今はギャップがあり完全に機能を分離した構造となっている。筆者はこれが進化の最終到達点だと考えている。


図―8 主塔の斜材定着構造の変遷

図―9 中津川橋で採用された複合構造の主塔定着部 / 図―10 新名西橋の分割された鋼殻による主塔定着部

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4.斜張橋の未来

 現在日本で最長のコンクリート斜張橋は、福岡県にある矢部川橋で265mの支間長である(図―11)。しかし世界はずっと前に500mを超えている。そしてエッジガーダータイプの合成桁の斜張橋はもう支間長1,000m時代を迎えている。残念ながら、日本には斜張橋を建設するようなロケーションはあまり残されていない。

図―11 矢部川橋


 はたして日本にとって、欧米や中国の後塵を拝しているにもかかわらず、これからも支間長競争に参加していくのであろうか。しかし、少しずつでも建設を継続していかないと、経験のある技術者がいなくなってしまい、いずれ自ら建設できない時代が到来することになる。後塵を拝しながら競争に残るのか、あるいは新技術で再び世界の耳目を集めるのか。それを選択するのは次世代である。そして、国内にその場がなければ海外に求めればよい。脱炭素、低炭素、生物多様性の時代だからこそ、持続可能性という多次元の性能を満足する最適解を期待したい。

参考文献
1)山田、古川、江草、井上、斜張橋ケーブルの最適プレストレス量決定に関する研究、土木学会論文集、第356号、1985年4月
2)古川、角谷、熊谷、新井、プレストレストコンクリート斜張橋の最適斜材張力決定法に関する研究、土木学会論文集、第374号、1986年10月
3)A. Kasuga, H. Arai, J. E. Breen, K. Furukawa, Optimum Cable-Force Adjustment in Concrete Cable-Stayed Bridges, Journal of Structural Engineering, ASCE, 1995
4)J. Muller, Les ouvrages d’art autoroutiers, Travaux, 1990. 12
5)A. Kasuga, Optimized Hybrid Structures in Bridge Construction, Bautechnik 98 ,2021, Heft 12

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