まちづくり効果を高める橋梁デザイン

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2024.12.16

Vol.4 比較表って、やっぱり必要でしょうか?

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提案2:まずは目指す橋のかたちを描く

 世界を代表するコンクリート構造の研究者で、橋梁エンジニアでもあったフリッツ・レオンハルト先生の著書『コンクリート橋7)』の5章橋梁計画には、先生の検討のやり方が記されています。
 とても重要だと思うので、少し長めに引用します。

 「一つの橋梁像が頭のなかに浮かんだならばこれを紙の上に描いてみる。一番良い方法は縦断線形図上にトレーシングペーパーを敷き、その上に描くことであり、もちろん縮尺も考慮する。このためには学校でフリーハンドで図を書く訓練を受けておくことが望ましい。桁橋の場合には、車道上面の線を描き、次に橋脚および橋台を試みに描いてみる。その後桁下面の線を考慮して描く。(中略)

 最初のスケッチはしばらくそのままにし、批判的に見直してみる。桁下と支間長のバランスはとれているか、橋脚の位置は周囲の環境に合っているかどうか、橋脚および橋台予定位置の地盤体力は十分であるかも検討する。縦断線形の曲線は適切かどうか、また桁がねじれて見えないかどうか、桁下の曲線と平面曲線との適合度も検討する。

 第2、第3のスケッチでは橋脚を考慮した上部構造も加える。この場合橋脚のバランス、幅員に対する高さが決め手となり、場合によっては橋脚の数を増やした方が良い場合もある。(中略)スケッチは壁に視線位置の高さで掛け、少し離れた位置や斜めからも眺めてみる。また同僚の意見も聞き、架設工法についても検討する。(中略)

 小さな縮尺の側面図や断面図に満足がいったならこれをさらに大きく1:100〜1:50程度の縮尺で描いてみる。これは桁の形状を選ぶためである。ここでも種々の案を描いてみる。決め手は張出し床版と桁高の関係、地覆高等である。ここでは過去の経験をもとに上床版厚、ウェブ厚、下床版厚等も仮定する。

 スケッチができ上がれば設計者は静かに目を閉じてもう一度すべてを見直してみる。すべての条件は満足されているか、施工性に問題はないか、景観的にもっと良い案があるのではないか等、後で後悔しないように熟考する。(中略)

 そして今度は何度も改善された選定案(または選定諸案)を丁寧に描いてみる。次に概略計算を行ない、選んだ断面形状内にどのくらいの鉄筋、PC鋼材を配置できるかどうか、施工性に問題はないか等を検討する」(太字筆者)

 コンクリート橋を意識したプロセスではありますが、これこそが理想的な予備設計のやりかたではないでしょうか。これまでの経験で身につけた構造形式や施工方法などの知識や部材のサイズ感覚をもとに、「架橋位置特有の条件」を組み合わせ、目指す橋のかたちを描くことで設計する。計算して設計するのではなく、描いて設計する点に大きな意味があります。こうして描かれた橋は、プロトタイプとしての橋ではなく、架橋位置特有の条件をクリアした橋になっているはずです。

 そして、こうして検討した選定諸案が3案あったら、それらをわかりやすく整理することで形式選定の第1段階は終了したものとし、その3案をもとに形式選定第2段階を実施するのはどうでしょうか。

 いやいや、第1段階は10案程度比較しないとダメという方もいると思います(心からそう思っている方がいるかどうか疑問ではありますが…)。たしかに、設計マニュアルなどでは、10案程度と明記されている場合もありますよね。

 そこで、国土交通省の『土木設計業務等共通仕様書(案)(令和6年度版)8)』の第6編道路編、第8章橋梁設計の橋梁予備設計の項目を見てみます。

『土木設計業務等共通仕様書(案)(令和6年度版)』より抜粋
(4)橋梁形式比較案の選定
受注者は、橋長、支間割の検討を行い、架橋地点の橋梁としてふさわしい橋梁形式数案について、構造特性、施工性、経済性、維持管理、環境との整合など総合的な観点から技術的特徴、課題を整理し、評価を加えて、調査職員と協議のうえ、設計する比較案3案を選定するものとする。(太字筆者)

 「架橋地点の橋梁としてふさわしい橋梁形式数案」と記されていて、具体的な数は示されていません。行政担当者も納得する3つの案があれば、それを比較する設計3案とし、設計計算・設計図作成に進んでも問題はなさそうです。
 あとは特記仕様書で10案比較と書かれているかを確認すれば、レオンハルト先生の方法で進めることができるのではないでしょうか。

 上記は屁理屈で、そうはいっても実際には難しいと感じますよね。たしかに個人の努力で全体の仕組みを変えるのは難しい。そのためには、建設コンサルタント協会などの働きかけが必要です。機械的に選んだ10案よりも、描いて推敲された数案のほうが、ずっと建設コンサルタントの仕事としても価値があると思います。橋梁エンジニアの地位向上のためにも、ぜひ協会からの働きかけを期待したいです。

 一方で、個人のレベルでできることもあります。というのは、現状の形式選定にうんざりしている行政担当者の方が少なからずいるからです。打ち合わせの初期段階で、どちらのタイプの行政担当者なのかを探り、可能性がありそうであれば、検討方法を提案する価値は十分にあると思います。

 ちなみに、土木学会田中賞やデザイン賞を多く受賞している松井幹雄さん(大日本ダイヤコンサルタント)は、共著『橋をデザインする』の「第4章未来を拓く設計を目指して」で、レオンハルト先生の方法を松井さんなりにアレンジした方法をまとめておられます。
 また、僕の師匠である椛木洋子さんも同じような方法で選定案を決めていくスタイルでしたし、熟練した橋梁エンジニアのみなさんは同様の方法を用いている気がします。

 僕は、まったく熟練した橋梁エンジニアではありませんが、プロジェクトに関わる際には、同じように描きながら考える作業をおこなっています。つたない図で恥ずかしいのですが、提案した作業が想像しやすいようあえて共有します。

 図-5は、神戸の税関前歩道橋コンペの際に、チーム内での打ち合わせ資料として作成したものです。図-6は、その際に立体的に考え確認するために作成したスタディ模型です。

 描きながら考える、模型をつくりながら考える。すでに実践している方には賛同してもらえると思いますが、アイディアを形にしていくのはとても楽しい時間ですし、作業を通じてこの橋で大切にすべきことも明確になっていきます。

図-5  描いて設計を進めるイメージ(神戸の税関前歩道橋コンペ、筆者作成)

図-6 考え確認するための簡易模型のイメージ(神戸の税関前歩道橋コンペ、筆者作成)


 もうひとつ、もっと参考になる例を挙げます。イギリスの土木・構造エンジニアリング会社、フリント・アンド・ニール社(Flint & Neill)で、多くの優れた橋梁を生み出してきたイアン・ファースさん(Ian Firthさん)による橋梁設計の動画9)です。

 「What is a bridge?」、「The bridge in context」 、「The bridge as structure」の3部作で構成された10〜20分程度の動画です。いずれも大変興味深いのですが、「The bridge as structure」ではファースさんが橋梁計画を実演していて、とてもわかりやすいです。YouTubeには字幕機能があります。ぜひ一度ご覧になってください。

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中立な立場の比較は

 手引きで、「架橋位置特有の条件」を含め丁寧に条件を整理することとしているのは、架橋位置にふさわしい橋だけに候補を絞りこんでから、形式選定をおこなうことが重要だと考えているからだと思います。

 それを受けて本稿では、その絞り込みの作業を円滑に進め、市民や関係者への説明にもなり、後工程の関係者にも当時の考え方をわかりやすく伝える資料として、「橋の基本方針をまとめる」ことを提案しました。そして、プロトタイプとしての橋ではなく、架橋位置特有の条件をクリアした姿を持つ橋を、形式選定の対象とするために、橋の基本方針をまとめる作業と並行して、「まずは目指す橋のかたちを描く」ことも提案しました。

 このうち提案2については、設計者の恣意性が強く現れるのではないかという心配があるかもしれません。そこで最後に、比較という行為における僕の考えを記したいと思います。
 比較する際には、完全に中立な態度で臨むのか、狙いを定めて臨むのか、の二つの態度があると思います。それは当然、前者でなければいけないという声が聞こえてきそうです。しかし本当にそうでしょうか?

 例えば、ある橋種として、鋼箱桁橋+RC床版を考えてみます。等断面なのか変断面なのか、箱形状は長方形なのか、逆台形なのか、張出しの幅をどの程度か、ブラケットを用いるのか。ひとつの橋種であっても、そのバリエーションはかなりの数に上りますし、コストも変わります。本当に中立に比較しようとすれば、ひとつの橋種だけでも10案などでは済まないのです。

 つまり自覚しているか、していないのかの違いがあるだけで、誰もが中立には比較していないのです。だってあらゆる案を比較することはできないのですから。だから好き放題やれば良いということではありません。まずは、自分もまた中立ではないと自覚することが重要です。

 だからこそ、提案1と提案2のプロセスが必要だと思うのです。エンジニアとしての良心と技術力をかけて、ここに最適だと思う案を熟考し、選定案にする

 そしてなぜそれが最適だと思うのか、必要に応じて他の案と比較しながら丁寧に説明を尽くす。

 それが、橋梁計画ではないかと思いますが、みなさんのご意見をぜひ伺いたいです。

おわりに

 会社に勤めている時から、比較表を無くすことができないだろうかとずっと思ってきました。どのように書けば、皆さんに共感してもらえるのか。どうすればもっと良い橋梁計画が実現できるのか。なんとか書いたのが本稿です。甘い部分が多々あると思います。ぜひみなさんからのご意見や批判をお待ちしています。

 今年もご覧いただきましてありがとうございました。来年も遅筆なりに頑張りたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。良いお年をお迎えください。

脚注・参考文献
1)土木学会構造工学委員会橋梁予備設計の適正化に関する研究小委員会編:橋の計画と形式選定の手引き,土木学会,2023.
下記の久保田先生の研究室HPからダウンロード可能です
https://committees.jsce.or.jp/struct/system/files/R5.3_hashi_tebiki%20%285%29.pdf

2)R2SJ Webサイト「今後の橋梁計画のスタンダードになるか? 『橋の計画と形式選定の手引き』座談会」
https://r2sj.net/interview/1049

3)土木学会構造工学委員会橋梁予備設計の適正化に関する研究小委員会編:橋の計画と形式選定の手引き,P3-3,土木学会,2023.

4)島根県HP 新大橋景観検討委員会サイト
第4回景観検討委員会(平成30年3月14日)
委員会資料
報告資料(PDF)
https://www.pref.shimane.lg.jp/infra/road/kikan/matsue_kendo/sinoohasi/shinoohashikeikankentouiinkai.data/002shinoohashikeikankentou04.pdf

5)島根県HP 新大橋景観検討委員会サイト
第3回景観検討委員会(平成29年6月8日)
委員会資料 資料2:橋の基本形状について(PDF)
https://www.pref.shimane.lg.jp/infra/road/kikan/matsue_kendo/sinoohasi/shinoohashikeikankentouiinkai.data/004shinoohashikeikankentou03.pdf

6)島根県HP 新大橋景観検討委員会サイト
第3回景観検討委員会(平成29年6月8日)
委員会資料 資料1:新大橋整備基本方針(原案)に関する意見募集の結果(PDF)
https://www.pref.shimane.lg.jp/infra/road/kikan/matsue_kendo/sinoohasi/shinoohashikeikankentouiinkai.data/004shinoohashikeikankentou03.pdf

7) F.レオンハルト、横道英雄監訳、成井信+上坂康雄共訳:コンクリート橋,レオンハルトのコンクリート講座6,鹿島出版会,1985.

8)国土交通省HP 土木設計業務等共通仕様書(案)(令和6年度版)
https://www.mlit.go.jp/tec/gyoumu_shiyou.html

9)イアン・ファースさんの動画は下記よりご覧いただけます
What is a bridge? – Industry Insights:Bridge Engineering with Ian Firth Pt 1
https://www.youtube.com/watch?v=tE6nkYPPzWE
The bridge in context – Industry Insights:Bridge Engineering with Ian Firth Pt 2
https://www.youtube.com/watch?v=qU1invcFHM8
The bridge as structure – Industry Insights: Bridge Engineering with Ian Firth Pt 3
https://www.youtube.com/watch?v=oG9ZZMgDGNk

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