「鋼床版の維持管理技術~補修補強・疲労強度評価・床版取替への適用~」を発刊
2月10日(月)には大阪での講習会を予定

土木学会
鋼構造委員会
鋼床版の維持管理と更新に関する調査研究小委員会
委員長
(法政大学 教授)
内田 大介氏
土木学会鋼構造委員会鋼床版の維持管理と更新に関する調査研究小委員会(委員長=内田大介・法政大学教授)は、このほど、「鋼床版の維持管理技術~補修補強・疲労強度評価・床版取替への適用~」を発刊、10日には東京・土木学会講堂で同本の内容について講習会も開催し、2月10日(月)には大阪での講習会も予定している。土木学会より2010年に発刊された「鋼構造シリーズ 19 鋼床版の疲労(2010年改訂版)」を更新した内容で「鋼床版の維持管理」、「鋼床版溶接継手部の疲労強度評価法」、「取替鋼床版」の3項目について最新の事例を収集し、議論、検討した内容をまとめたものだ。その内容について、内田委員長に詳細を聞いた。
「鋼床版の維持管理」、「鋼床版溶接継手部の疲労強度評価法」、「取替鋼床版」の3項目をまとめる
鋼床版の疲労き裂は、その種類によっては重大な事故に繋がる
委員は道路管理者、学識経験者、橋梁ファブリケーターや設計コンサルタントなどから参加
――土木学会鋼構造委員会鋼床版の維持管理と更新に関する調査研究小委員会でまとめた「鋼床版の維持管理技術」についてその動機と概要を教えて下さい
内田 基本的には、土木学会より2010年に発刊された「鋼構造シリーズ 19 鋼床版の疲労(2010年改訂版)」(以下、2010年改訂版)を更新した内容になっています。鋼床版は、我が国では代表的な鋼道路橋の床版形式の一つであり、軽量であることや架設工期が短い等の理由から一定の割合で採用されており、現在、我が国は世界有数の鋼床版保有国となっています。その一方で、重交通路線を中心に報告されている鋼床版の疲労き裂は、その種類によっては重大な事故に繋がる可能性もあり、これまでにも多くの機関において対策などの検討がなされてきました。これらの検討結果については、 土木学会では 1990 年に発刊された「鋼構造シリーズ 4 鋼床版の疲労」と「2010年改訂版」などに取りまとめられています。その後も、鋼床版の疲労損傷に対して、補修・補強ならび点検方法の検討、疲労評価法などの研究が続けられてきました。
このような背景の下、土木学会鋼構造委員会では「鋼床版の維持管理と更新に関する調査研究小委員会」を立ち上げ、以下の 3 項目について2010年以降を中心に最新の情報を取りまとめました。まず、「鋼床版の維持管理」として、疲労損傷の現状の集計・分析に加え、疲労対策事例について実橋への適用が進んでいるものを中心にまとめました。次に、「鋼床版溶接継手部の疲労強度評価法」として、効率的な維持管理計画の策定には余寿命評価手法の確立、合理的な新設構造の設計には現状の構造詳細による疲労設計に大型車交通量に関する要素が加わることが必要との考えから、疲労強度評価が行われている研究事例について部位ごとにまとめました。最後に「取替鋼床版」では、疲労損傷を踏まえて高耐久性化された鋼床版が、今後、老朽化した RC 床版の更新へ適用されることを期待し、文献調査や実橋調査に基づいて、数十橋ある既設の取替鋼床版を紹介するとともに計画・設計・施工の観点から、その特徴や留意点をまとめました。
写真-1 委員会の成果品として取りまとめられた「鋼床版の維持管理技術」
――委員会の委員構成とその狙いを教えてください
内田 国土交通省、NEXCO、都市高速、自治体などの道路管理者に加えて、学識経験者、橋梁ファブリケータや設計コンサルタントなど、鋼床版の現状と損傷の詳細を知っておられる方々や鋼床版の研究に従事されている方々に多く委員として入ってもらい、より密度の濃い議論を行って内容をまとめることを狙いとしました。委員会活動は、コロナ禍の影響による制約もありましたが、最終的にはその目標は「鋼床版の維持管理技術」を発刊することで達成できたと考えています。
2010年と比較して鋼床版採用延長は約20km、418径間増加
最新の点検手法や補修・補強方法の内容や施工例を掲示
――まず、「鋼床版の維持管理」から詳細を教えてください
内田 2010年当時と比べて、鋼床版の採用延長は20km程度、径間数も418径間増加しており、鋼床版は代表的な床版形式の一つとして引き続き採用されています。一方で、鋼床版の疲労き裂の数も増加していますが、これは疲労き裂に対する点検技術の向上も影響しているものと考えられます。疲労損傷に対しては、道路管理者によっては点検要領や補修・補強要領がまとめられており、損傷の種類や状況によって適切に対応がされるようになってきています。そこで、第1編「鋼床版の維持管理」では、鋼床版の疲労き裂の種類と発生状況を概論するとともに、点検方法について、新技術を含めて紹介しています。また、その後実施される補修・補強方法について疲労き裂の種類ごとに整理しています。
――具体的には
内田 まず、点検方法については、「2010年改訂版」以降に開発あるいは実用化され始めた点検技術を中心に紹介しています。例としては、渦流探傷試験やフェーズドアレイ超音波探傷法を用いたき裂検出、赤外線カメラを用いた温度ギャップ法によるき裂検出などが挙げられます。点検方法の高度化によって、軽微な段階で損傷を把握、処置できるため鋼床版の維持管理に貢献することができます。
次に、補修・補強方法については、き裂の種類や状態に応じて適用された事例を、応急対策、恒久対策、予防保全として整理し、それらの施工手順も併せて紹介しています(表-1)。交通規制が不要な鋼床版への当て板補強や、従来のSFRC舗装に加えて超高性能繊維補強セメント系複合材料舗装の適用などの新技術も期待がされています。鋼床版の疲労き裂は複雑なものが多く、万能な補修方法が確立されていないため、どのような補修・補強方法を適用すべきか実務で悩む場面もあるかと思いますが、本報告書を一つの参考にして頂ければと思います。
表-1 対策工法の一覧
――2010年改訂版にはない新たな記載事項は
内田 舗装の劣化や漏水等に起因するデッキプレートの腐食損傷、伸縮装置の腐食に起因する疲労損傷、そして架設用吊金具溶接部における疲労損傷について取り上げています。鋼床版の腐食に対しては、十分な舗装厚の確保が難しいデッキプレートの高力ボルト接合部が弱点となりやすいことから、ボルト頭の高さを抑制できる皿ボルトの採用も効果的ではないかと思います。一方で、一般に鋼床版の防水は基層に用いられるグースアスファルトに期待していることもあることから、舗装の施工をしっかりと行うことも重要です。その他、伸縮装置や架設用吊金具溶接部の損傷についても、維持管理上の留意点を示しています。
疲労き裂の多い代表的な溶接部を対象とした種々の研究成果をS-N線図として整理
当て板やSFRC舗装による補強などの効果をより簡便に把握
――次に鋼床版溶接継手部の疲労強度評価法について詳しく話してください
内田 現行の道路橋示方書における鋼床版の疲労設計は、主桁などと違って応力に基づいた評価を行っているのではなく、鋼床版部材の形状や寸法などのディテールを定める、いわゆるみなし設計を行っています。
――それはなぜですか
内田 例えば、主桁のようにある方向の応力が卓越していれば、それを用いて溶接部の疲労強度評価を行えばよいわけですが、鋼床版は荷重の載荷位置によって溶接部に発生する局部応力が複雑に変化することや、アスファルト舗装の剛性の温度依存性の影響が大きいことから、疲労設計に用いるための応力範囲の算出が困難です。そのため、現状の鋼床版の疲労設計では、疲労耐久性が確保できる構造ディテールなどを定めることで疲労設計を行っています。
一方、現在はFEM解析や鋼床版の部分模型などを用いた疲労試験のデータなどが数多く蓄積され、鋼床版の疲労強度評価に対する知見も充実しつつあります。そこで、第2編「鋼床版溶接継手部の疲労強度評価法」では、疲労き裂の多い代表的な溶接部を対象とした種々の研究成果をS-N線図として整理することで、公称応力に基づいた評価法に加えて局部応力に基づいた疲労強度評価法を提示しました。公称応力に基づく評価法では、数値解析による公称応力の算出のほか、FSM解析やFEM解析による公称応力の算出例を示しています。一方、局部応力に基づく評価法では、広島高速で本委員会が実施した応力頻度測定結果を用いて、提案した方法による評価結果も例示しました(写真-2)。
写真-2 広島高速道路で応力頻度測定を実施し、疲労強度評価を試みた
――となると新設鋼床版の設計だけでなく既設鋼床版の補強の際の評価などにも使えますね
内田 そうですね。例えばUリブとデッキプレート溶接部の疲労強度は定められておらず、この溶接部の疲労き裂に対する補強効果を局部応力ベースで評価することが困難で、部分模型を用いた疲労試験を繰り返す必要があります。データの蓄積による妥当性の検証が必要ですが、今回提示した局部応力に基づく評価法によって、当て板やSFRC舗装による補強などの効果をより簡便に把握できる可能性が示されました。
新設鋼床版に対しては、道路橋示方書で示される構造ディテールに縛られない、新たな構造を有する鋼床版の疲労設計をできるようになるため、より合理的で耐久性に優れた新たな鋼床版を開発、提供できるようになるものと考えています。また、従来の鋼床版についても、建設が予定される路線の大型車の計画交通量に応じた疲労設計を行い、例えば設計段階でデッキプレートを交通量に応じて増厚するなどの疲労対策が可能になります。
国内における取替鋼床版の65事例を対象に、文献調査や現地調査を実施
鋼橋のRC床版から鋼床版への取替えを対象
――取替鋼床版について
内田 第3編「取替鋼床版」も、これまでの書籍で言及がなかった内容の一つです。国内ではRC床版から鋼床版への取替えは1960年代から散見されますが、その設計・施工方法については決まったものがなく、橋梁形式や現場条件に応じて、その都度検討がなされてきたのが現状のようです。そこで、当委員会では、国内における取替鋼床版の65事例を対象に、文献調査や現地調査を実施し、設計の考え方や施工の詳細などを整理し紹介しています。最近の事例として国道2号淀川大橋や東京都西新井陸橋などを取り上げています。
――どのような取替えをターゲットにしていますか
内田 鋼橋のRC床版から鋼床版への取替えを対象にしています(写真-3)。既設RC床版を再度RC床版やPC床版に取り替える場合、現行の設計基準に準拠させるために床版厚を増やす必要があることから、必然的に死荷重増となります。その結果、主桁や下部工の補強などの対策が必要になる場合があります。軽量な鋼床版に取替えることで、死荷重は既設RC床版と比べても大きく軽減され、既設桁の補強の必要もなく、橋梁全体の耐震性も向上するなどの利点があります。
――コンクリート床版を鋼床版に取り替える際に気を付けなくてはならない点はないのでしょうか
内田 鋼床版への取替えにおいて留意すべき点のとして、死荷重の軽減に伴う主桁のキャンバー設定と路面高の調整、取替鋼床版と主桁との接合方法が挙げられます。主桁のキャンバー設定については、設計キャンバーの設定に加え、現状の主桁のキャンバーを実測などで把握し考慮することが重要です。路面高の調整は、主桁上フランジと鋼床版の間にライナープレートを設置することで対応する方法がありますが、高力ボルト継手として適切な荷重伝達がなされるような構造とすること、写真-4のように主桁上フランジと鋼床版の隙間が維持管理の困難な部位とならないよう配慮が必要です。また、取替鋼床版と主桁との接合方法については、溶接継手か高力ボルト継手の選定、継手部の構造詳細、合成桁として設計するか否かの検討など多岐にわたります。「鋼床版の維持管理」では、これらの留意点について、過去の事例をもとに整理を行っています。これらの情報は、鋼床版への取替え検討を行うにあたり大いに参考になるものと期待します。
写真-3 取替鋼床版の事例 / 写真-4 ライナープレートを用いた事例(隙間が維持管理困難な部位となっている)
――最後に
内田 コロナ禍の制約も受けながらも委員会活動の成果品として取りまとめた「鋼床版の維持管理技術」は、橋梁技術者の方々が鋼床版の維持管理やRC床版の更新に関わる際に、参考にして頂きたい一冊となっています。1月に開催された東京での講習会は盛会となりました。2月10日(月)には大阪での講習会が予定されていますので、是非ご参加下さい(土木学会HPより申し込み可能。報告書単体での購入も可能)。
――ありがとうございました