NEXCO大規模更新現場シリーズ① NEXCO中日本 岡谷高架橋のリニューアル工事が進む
概要動画Overview Video
R2SJでは、5~7月にかけて、2024年度に行われた特徴のある大規模更新現場をレポートしていく予定である。第一弾となる今回は、NEXCO中日本がリニューアル工事を進めている長野自動車道岡谷高架橋の現場をレポートする。同橋は中央自動車道から長野自動車道に分岐する玄関口にあり、1986年の開通から約40年が経過している。地上高は約55mに達する橋梁であり、橋長としても径間長としても、当時としては日本最長のPC箱桁であり、PC連続ラーメン橋を採用することで、支承・伸縮装置を最小化し、 騒音・振動の低減、維持管理性の向上、耐震性の向上を図ったことや、4つのランプが分岐する構造でありながら、スレンダーな印象を与える景観が評価されて土木学会田中賞も受賞した橋梁である。厳密にいうと今回のリニューアル工事は岡谷高架橋のP4~A2間および水神第一、同第二、同第三、同第四橋および岡谷JCT橋が対象となっている。これらは経年劣化や塩害、施工時のPCグラウト充填不足などにより大きく損傷を受けている。その損傷状況とリニューアル工事内容について詳細をお伝えする。(井手迫瑞樹)
岡谷高架橋の概要と建設時の様子(NEXCO中日本提供、以下注釈なきは同)
ウェブの連結鋼棒(全数304本)のうち3分の1で、PCグラウト充填不足箇所がある
対象橋梁はPC5橋、鋼橋1橋
複雑な形状 1箱3室から2箱に分岐、空中で2つに分かれて4条となる
橋梁概要
対象橋梁は5橋である。主橋梁である岡谷高架橋は上り線が橋長723m、下り線が同708.3mのPC5径間連続ラーメン箱桁橋(P4~P9)+PC3径間連続ラーメン箱桁橋(P9~A2)である。P4~P9は上下線一体構造であり、P9~A2は上下線分離構造となっている。P9~A2は建設時は成田高架橋と呼ばれた別の橋梁として建設されていた。
岡谷高架橋
岡谷高架橋分岐部 左:東京側、右:名古屋側
さて長野自動車道と中央自動車道がリンクしている部分は複雑な構造を有している。長野道から中央道の方向(A2→P4)で見ると、主橋梁のP9~P5間は1箱3室形状となっているが、P5橋脚を超えた所で(路面は上下線一体を保持するものの)2箱に分岐し、P4橋脚のP5側手前でさらに空中で2つに分かれて4条となり、それぞれ中央道にリンクしていく構造となっている。長野方面から東京方面に向かう橋梁が水神第一橋で橋長200mのPC4径間連続ラーメン箱桁橋、名古屋方面から長野方面に向かう橋梁が水神第二橋で橋長213.6mのPC4径間連続ラーメン箱桁橋、長野方面から名古屋方面に向かう橋梁が水神第三橋で橋長98.5mのPC2径間連続ラーメン箱桁橋、東京方面から長野方面に向かう橋梁が水神第四橋で橋長124.5mのPC2径間連続ラーメン箱桁橋となっている。さらに第四橋の手前にあり中央道を跨いでいる橋梁が岡谷ジャンクション橋で橋長79.1mの鋼2径間連続非合成箱桁橋である。これらの補修・補強を行っていくものである。
対象橋梁6橋と位置図
下から見た岡谷高架橋 / 岡谷JCT水神第1-4橋 いずれも下から見ると大変なハイピアだ
対象6橋の補修補強概要
供用してから5年後の1991年には床版横締めPC鋼棒の突出事象
排水管から塩分を含んだ水が供給、箱桁内が半ばプールに
損傷状況
岡谷高架橋は、田中賞を受賞した評価の高い橋梁であるが、「現在は過去に発生した変状でも有名な橋梁になってしまっている」(NEXCO中日本)。供用してから5年後の1991年には床版横締めPC鋼棒の突出事象が生じ、損傷した壁高欄下部のコンクリートが剥落して約50m下に落下した。
調査した結果、床版横締めPC鋼棒の約15%(1,274本中186本)でPCグラウト充填不足であることが分かり、PCグラウトまたはエポキシ樹脂を充填して対応した。その後もPCPやPCSPといった対応を行ったが、2009年には、P7、P8間の主橋梁で、ウエブコンクリートが剥離している状態が確認された。さらに詳細調査を行ってみると、主鋼棒の充填不足が81本中9本で確認され、さらには破断も生じていたため緊急工事を実施した。コンクリートの浮きが確認された部分の直下は公園として利用していたため肝を冷やしたという。同橋は主鋼棒の多くが上縁定着であったため、PCグラウト充填不足箇所に橋面から凍結防止剤入りの路面水が供給され、PC鋼棒の腐食が進行して破断に至ったものと推定されている。
こうしたPCグラウト充填不足の発生要因としては、当時の技術的知見から施工が難しかったという側面もある。とりわけ当時は径の小さな鋼製シース管を採用しており、φ32のPC鋼棒に対してφ38の鋼製シース管であったことから、クリアランスは3mm程度しかなかった。さらには、PCグラウト自体もノンブリーディング型の材料ではなく、その対策も一般的に取られていない時代であった。
上縁定着にしても床版上面からの水の浸入などは知られておらず、主鋼棒がその影響で腐食減肉し破断することなどは、想像もできなかった時代の橋梁であったという側面は酌む必要がある。
変状と対応の履歴
床版横締めPC鋼棒の突出例と概要図
2009年にはコンクリートの変状を確認した
PC箱桁外面の変状と内面の漏水および塩害による損傷状況
さらに、桁内を確認すると、桁内に配置した排水管から水漏れが生じていた。排水管から供給された水も凍結防止剤をかなり含んだ水であり、それが箱桁内が半ばプールになるような状態で供給されたため、塩害が大きく進んでしまっている。鋼材の腐食発生限界濃度1.75kg/m3を超える塩化物イオンが内部に浸透しており、下床版の広い範囲において深さ約50mmの位置にある上端の鉄筋の位置まで塩化物イオンが確認されている状態である。しかし、PC鋼材の位置(深さ100mm)までは達しておらず、致命的な損傷には至っていない状況である。
PC箱桁内部の塩分量調査結果
同橋は主桁、床版横締め、せん断補強のほとんどでPC鋼棒を採用している。図のようにPC鋼棒は張出鋼棒が上床版とウエブに配置されており、さらに連結鋼棒がウエブから下床版にかけて配置されている。これは上縁定着であり、さらに「ものすごい量」(NEXCO中日本)が主方向に配置されている。さらにせん断鋼棒はウエブに沿って配置されている。かように複数段PC鋼棒が配置されているため、「奥側は調査を行うのが極めて困難」(同)である。非破壊検査で現在、調査可能としているのが、表面から20cm程度であり健全度を全て確かめた上で、リニューアルを行うのは課題があった。
リニューアルに向けての課題 ①健全性確認の精度
PCグラウトの充填確認は広帯域超音波法を中心に行う
ウェブの連結鋼棒(全数304本)のうち3分の1で、PCグラウト充填不足箇所がある
調査は基本的に広帯域超音波法を中心に行い、まずは非破壊調査でPCグラウトが入っているかどうかを確認した。その後、充填不足が疑われる箇所に削孔調査を行った。連結鋼棒の下床版部分、張出鋼棒(上床版部)ではPCグラウトはほぼ充填状態であることが確認できた一方でウェブの連結鋼棒(全数304本)のうち3分の1で、PCグラウト充填不足箇所があることが分かった。また、張出鋼棒(ウエブ部)およびせん断鋼棒に関しては調査しながら施工を進めていく計画としているが、既に調査しているもの(全数2046本の6%にあたる)だけでも20本強の充填不足が見つかっている状態である。
PCグラウト充填調査結果
調査は基本的に広帯域超音波法を採用
電磁パルス法 / 削孔調査
PC鋼棒を用いた時代はまだ鋼製シースであり、鋼棒の径と鋼製シースの内径の差は僅かであった。さらに後代のポリエチレンシースと比べて耐久性も良くないため、充填不足というだけではすまず、シースが破れて塩化物イオン濃度の高い水が入り、鋼棒の腐食、最終的には破断に至る可能性は十分にあった。そのため、充填不足箇所にはPCグラウト再注入を行うことにした。
PCグラウトの再注入
床版上面 かぶりが薄くなっている箇所が多くある⇒非常に多くのポットホールを舗装に引き起こす
鉛直PC鋼棒の突出対策箇所で補強箇所と床版コンクリートが上手く付着しておらずポットホール要因に
さらに床版上面でも課題があった。「PCであるため、P9~A2間ではコンクリートの設計基準強度が35N/mm2であり、水セメント比も45%よりも低い」(NEXCO中日本)ため、塩分の浸透速度も比較的遅く、劣化も進行していないと思われていた。しかし舗装を切削して確認してみると(床版上面の)「かぶりが薄くなっている箇所が多くある」(NEXCO中日本)ことが分かった。そのため、床版上面では劣化が進行しており、非常に多くのポットホールを舗装に引き起こしていた。上面は砂利化にまでは至っていないが、鉄筋の腐食が相当に進行しており、その腐食膨張圧によってコンクリートが浮いてしまっている箇所も部分的に見受けられた。
かぶりが薄くなっている箇所に関しては、2002年頃に実施した舗装の切削オーバーレイ施工時に床版まで切削してしまった影響も少なからずあると考えられる。
ポットホールの発生個所とPC箱桁上床版を取り替える難しさ
床版上面のかぶりはPC橋でも本来は45mmほど取らなくてはいけない。しかし実際にはかぶりが薄くなっている箇所が散見された。例えば岡谷高架橋の上り線の上面をはつってみると、本来は40~50mm程度はつらないと鉄筋は露出しないはずなのに、実際は10~20mm程度で鉄筋が露出してしまった箇所もあり、「ポットホールに起因した交通安全上の課題が非常に憂慮される状態(NEXCO中日本)となっていた。
床版上面の非破壊調査結果
岡谷高架橋の上り線の上面をはつってみると、本来は40~50mm程度はつらないと鉄筋は露出しないはずなのに、
実際は10~20mm程度で鉄筋が露出してしまった箇所もあった(井手迫瑞樹撮影)
構造安定性も評価した。FEM解析などを行った結果、「もともとが桁の曲げおよびせん断耐力に比較的余裕のある断面であった」(NEXCO中日本)ため、PCグラウト調査をした結果に基づいて、PCグラウト充填不足箇所がすべて破断していると仮定しても所要の安全性は確保できると想定した。しかし、P8~P9間の側径間にはせん断耐力には余裕がないことが分かっており、そのあたりを最優先にPCグラウト充填を行っている。
劣化を想定した橋桁の耐力評価
ポットホールはかぶりが薄くなっていることが主要因ではあるが、2002年ごろに施工した鉛直PC鋼棒の突出対策のための鋼板補強およびアラミド・ナイロン複合繊維シートにより防護している箇所で、補強箇所と床版コンクリートが上手く付着しておらず、ポットホール発生の要因となっていることが分かった。そのため、そうした点も通常の床版上面と同様にUHPFRCによる補修を行うことにしている。ただし、UHPFRCが確実に鉛直PC鋼棒の突出防護できる性能を有しているかどうかは構造実験を行っている最中という事である。基本的にはPCグラウトの再注入により突出防止対策とみなすが、柱頭部付近はコンクリートがマッシブであり、非破壊検査で位置を特定することが難しく、かつPC鋼棒までの離隔が長いこともあり、ピンポイントで削孔を行うことが極めて難しい箇所が何本かあり、そうした箇所についてはUHPFRCだけで防護できるのか、またどの位置(鉛直PC鋼棒の深さ方向)で破断した場合なら耐えられるか、などを構造実験によって確かめている状況である。
今回、先行で補修を行ったP9~A2間は鉛直PC鋼棒がないということで、この点においては、UHPFRC施工上の懸念はないという事だ。
PCグラウト再注入(PC-Rev工法)で対応 外ケーブル補強も併用
耐震補強 基本はRC巻立てとCFRPシート、一部でUHPFRCにより基部を補強
対策工
こうした損傷状況を踏まえて、基本的にはPCグラウト再注入(PC-Rev工法)を行うが、全ケーブルに対して100%の再注入は難しいことから、外ケーブルによる補強も併せて行う。
PCグラウトの再注入(PC-Rev工法)施工状況
PCケーブル補強とモニタリング設備の導入
ただ、外ケーブルの補強は既設PC鋼棒が破断していない状況でプレストレスを導入すると過緊張となるおそれがあるため、「過緊張にならない程度の緊張力に留めておくと共に、外ケーブルの中に光ファイバを用いた非破壊センサーを仕込んで置き、PC鋼棒の破断などで顕著に応力状態が変化した時にそのひずみを確実に取得して、緊張力が低下した分のプレストレスを外ケーブルで導入する」(NEXCO中日本)手法を講じている。また、支間中央部にターゲットを置き、レーザーを照射することでたわみを計測する方法も計画中という事だ。
箱桁内部の塩水プール化していた下床版上面の補修については、塩化物イオン1.75kg/m3を超える深さを全てはつることは、「はつった後のプレストレスの再分配による下床版への影響を考慮すると厳しい」(NEXCO中日本)。そのため、はつり深さは50mmを上限とし、亜硝酸リチウムを混入させた断面修復材(U-リペアショット厚付けタイプ)を用いて補修を行うことにしている。
PC箱桁内面のはつりおよび断面修復計画
耐震補強については、岡谷高架橋は高橋脚であり、中空断面RC橋脚が採用されている。「熊本地震では、阿蘇長陽大橋のように中空橋脚においてせん断クラックが生じ、それが中空内部まで貫通した事象が起き、復旧するまでに長時間を要した。という事例がある」(NEXCO中日本)。その状況を鑑みて、ある程度の高さまでコンクリートの内部充填を行うことにした。充填高さは一番高い橋脚で全高の4割程度に達している。
岡谷高架橋の耐震補強
また、全橋脚でRC巻立ても行い、かつ段落し部付近でせん断耐力が厳しい箇所については、炭素繊維シート巻立てによる補強も行う計画である。このほか、受注者からの技術提案として現場打ちUHPFRCによる基部の補強を行っている。他の橋脚にも言えることであるが、「地震による基部の曲げ破壊時には塑性化を許容する領域であるため靭性が高い方が良い。変形性能が高いほど地震時のエネルギーを吸収できるため、UHPFRCによる補強という技術提案を受け入れた」(NEXCO中日本)という事である。
UHPFRCによる橋脚基部補強① 着手前 / あと施工アンカー削孔状況 / アンカー設置状況
UHPFRCによる橋脚基部補強② 機械式定着 / 型枠組立 / プライマー散布
UHPFRCによる橋脚基部補強③ シュート打ち / 目地設置(ステンレスプレート) / 完成状況
橋脚の耐震補強他、落橋防止システム、水平力分担構造の設置なども行っていく予定である。
壁高欄については、現在の高欄が現行のフロリダ型とは異なる形状の古いものであり、さらには地覆高欄とも塩害による損傷が著しく進行しているため、全延長(両側合計約3,000mに達する)でフロリダ型の壁高欄に更新するか、あるいは必要な補修を行う。