千代田区 雉子橋の景観を重視した耐震補強
千代田区は一ツ橋一丁目~九段南一丁目の日本橋川を渡河する部分に架かる雉子橋の耐震補強および補修補強工事を令和5~12年の7年間かけて施工する工事を進めている。関東大震災の復興橋として架けられた橋であり、千代田区景観まちづくり重要物件に該当する景観性に優れた橋梁である。名前の由来は、朝鮮通信使をもてなすための雉子をこの橋の付近で飼育していたことからつけられた。その現場をお届けする。(井手迫瑞樹)

補修補強内容の立て看板 / 雉子橋門跡の説明板(井手迫瑞樹撮影)
汽水域に架かる橋 干満への対応も必要
1925年に供用 鋼2ヒンジアーチ橋
汽水域に架かる橋 干満への対応も必要
同橋は1925年に供用された(製作は東京石川島造船所(現在のIHIインフラシステム))、 橋長32.156m、幅員27m(歩道4.5m×2、車道18m)の鋼2ヒンジアーチ橋である。斜角、曲線はなく直橋である。下部工は重力式橋台。基礎工は木杭基礎であるが、杭径、杭長が不明なため解析時には直接基礎として考慮した。建設時の示方書は復興局道路設計仕様書と復興局橋梁用鋼材製作仕様書を適用して建設された。幸いなことに図面は存在していた。

施工前の雉子橋と塗替え履歴(千代田区提供、以下注釈なきは同)

橋梁復元一般図 / 下部工照査一覧
同橋について、照査を施した結果、橋軸方向加振時の応答塑性率において補剛桁、縦桁、支柱で引張、圧縮ともにNGが出た。とりわけ補剛桁、縦桁においては引張でNGが大きく、タイプⅠでも補剛桁で4.909倍、縦桁で5.003倍、さらにタイプⅡでは同7.947倍、同7.889倍に達した。また、鋼材、支承部で欠損が生じており、歩道部のRC床版でもそれほどひどくはないがエフロレッセンスやひび割れ、剥離、鉄筋露出などが生じている。高欄や親柱についても、親柱の格子窓が完全に取れている状況にあるため、その復旧と、照明機能が損傷し配線も破断しているためその補修も行う必要がある。また欄干は桟の折損などが生じていた。そのため補強が必要となるが、一方で他2橋と同様、景観を重視せねばならず、見た目はできるだけ変えずに補強することが求められる。

支承の損傷状況(井手迫瑞樹撮影)
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上部工照査一覧補強前(左)と補強後(右)
現場は汽水域であるため、干満への対応も必要となる。そもそも現状で日本橋川の河川断面を冒している橋梁であるため、足場も最小限の高さにすることが求められた。
施工は東京都との協議の結果、11月~5月の非出水期のみで桁下の施工をせねばならず、「作業にどうしても時間がかかる」(東洋建設)状況である。現在は、塗装工を先行して行い、来年度から耐震補強に着手していく予定だ。
端部支承を工夫することで補剛桁と縦桁の補強を不要に
支柱は形状を変えずに鋼材強度を変えることで景観に配慮
耐震補強は、純粋に「耐震」補強を行ってしまうと、当て板すべき量が多くなりすぎ、景観面や基礎に与える影響などから現実的ではなかった。
そのため、現状の支承の拘束条件を見直した。端部(Al、A2)の鉛直方向上向きと橋軸方向の拘束をある程度自由にした。現在の橋座は狭く、作業が出来ないため、補剛桁両端の既設鋼製支承(板沓)のボルトを切断してフリーに動かせるようにし、新たに前方に設置する支承設置用ブラケットに新たに支承を据え付けて補剛桁を受け止める方針である。この方法を採用することで、補剛桁と縦桁の補強を不要とし、景観への影響を最小限にすることが出来た。

補修補強設計計画図
ただ、設計時において新たな支承は、既に設置してある拡幅ブラケットに対して、アンカーボルトを増設するなど補強を行いその上に設置する予定であった。しかしいざ施工しようとすると、既設のブラケットのボルトと新たに増設する補強用アンカーボルトがどうしても干渉することが分かった。そのため補強を諦め、新たに支承設置用のブラケットに交換することにしたものだ。
新たな支承の種類は「現在検討している最中で、免震ゴム支承にするかどうかも含めて、年内に方向性を出す方針」(千代田区)としている。足場設置後に実際の構造物を照査した結果、図面と現場が異なっている個所が少なからずあるため、再度計算し直し、支承の種類を検討し直す必要が生じたためである。
残る支柱は、10主桁とも両端から2、3番目の支柱の列がNGとなった。そのため、景観に配慮して部材形状は既設と同じ断面にしつつ、SS400相当の鋼材をSM490YあるいはSM570材に変更することにした。施工は一本一本、仮設吊り材を使い、荷重を移し替えながら丁寧に行っていく。

