超緻密高強度繊維補強コンクリートを用いた橋梁の補修・補強~スイス・日本の事例~

超緻密高強度繊維補強コンクリートを用いた橋梁の補修・補強~スイス・日本の事例~
2024.07.11

①ドイツの工科大学への道

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UHPFRC
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道路下面施工が容易で発泡ウレタンの圧縮変形特性を活かした非排水用乾式止水材 プレスアドラー never-ending challenge インフラを技術で守る
>上阪 康雄氏

コサカ設計・アソシエーツ代表
(J-テイフコム施工協会理事)

上阪 康雄

1、リュックと寝袋をもって、1人ヨーロッパへ旅立つ

 心機一転、連載の前に、筆者がたどった橋梁への道について回顧しておきたい。多分、筆者の数奇な体験は、これからヨーロッパへの留学を目指す若人への、一助になるかと思うからである。筆者は1968年に鈴鹿工業高等専門学校を卒業(2期生)、当時、学友たちは金の卵として名の通った企業に就職していったが(数名は大学3年に編入)、一人だけリュックと寝袋を持って、横浜港からナホトカ航路でモスクワ、ヘルシンキ、そしてヨーロッパへと渡った。

 私の所持金は、北アルプスの山小屋で稼いだ5万円ほどであった。当時、小田実の“何でも見てやろう(川出書房)”と五木寛之の“青年は荒野をめざす(週刊平凡パンチ)”に若い心が騒ぎ、皿洗いでもしながら色んな経験をしたかったのである。モスクワで知り合ったスウェーデンの学生が、ストックホルムへ来れば訪ねて来いと言ったので行ってみると、彼は高熱でベッドの中だった。そこでヒッチハイクで、先ずはアルプスに近いミュンヘンを目指した。ミュンヘンに着いて、とりあえず公園の茂みで警官に見つからないように寝た後、そこの日本領事館を探し出し、行ってみるとそこは名誉領事と日本人の秘書がいるだけの館で、私は秘書さんにアルバイトをする方法を質問したところ、先ずは部屋がいるでしょうと郊外の青年ホームを紹介して下さり、仕事はビザなしでは許されないので学生になりなさいと、通訳学校を紹介してもらえた。

 今もこの秘書さんには感謝で一杯である。学校に入れば、学生ビザが交付され、総合学生会館では、毎朝日雇いのアルバイトを紹介してもらえた。私は週の半分はアルバイトをした。最初の半年は、こうした生活を続け、そのうち、ミュンヘン工科大学(図-1)への入り方を探すと、ドイツの大学入学資格Abiturを得るには、Studien-kolleg(大学入学準備課程)という予備コースに入るのが必須ということがわかり、その入学手続きをした。入学手続きには高校卒業証明書の英語版が必要で、ドイツ語のテストを受けた。筆者は、ドイツに来てから日本語をほとんど話さず、ブロークンジャーマンのみ話していたので、半年後には口語ドイツ語には問題はなかった。このコースは今も存続し、文系・理系コースに分かれ、1年後の6科目ほどの試験に通れば、ドイツ中の大学入学資格Abiturが得られる。


図-1 ミュンヘン工科大学


 ドイツの大学は当時すべて国立(厳密には州立)で、学費は原則無料、半年ごとの学生共済会費のみを納める。ドイツの高校は、日本の12年より長く13年なので、大学ではすぐに専門課程が始まる。当時、ドイツの工科大学では2年後にVor-diplom試験を受け、そこを通るとさらに2年後にDiplom試験が受けられた。その後、1年をかけて、Diplom論文を仕上げるのである。

 但し、当時も今もVordiplom試験の合格率は50%以下で、2-3年かけてようやくVordiplom資格を得る。現在は、Vordiplom試験に合格すれば、Bachelor資格が得られ、Diplom試験は、国際的なMaster試験に変わり、Diplom-Ing.はMaster-Ing.の呼称に統一されている。

 日本と比べて大きく異なるのは、合格率の低さであり、工科大学入学者の1/3ほどに減らされている。これは隣国スイスも同じようで、Diplom-Ing.資格は非常に難関と言える。ただ、近年はミュンヘン工科大学のMaster課程は、英語で受けることもできるとのことである。筆者の場合、Vordiplom試験の難題はドイツ基本法であり、最初は落ちたが、半年後には何とか合格できた。

 Diplom本試験時、筆者はアルバイト不足で金欠状態になり、毎日、学友たちの部屋を転々とした環境で疲れ果てていたが、半年遅れで何とか合格ラインに到達することができた。一方、日本で修士号を取得していれば、専門の教授に直接・間接に連絡し、教授の受諾さえもらえば、博士課程へは条件なく受け入れてもらえる。奨学金に関して、有名なのはフンボルト財団かDAAD協会のものであり、これらは日本での申請が原則である。ただ、筆者はVordiplom試験後に、数人の教授がそれぞれ管理する財団から、部屋代分ほどの奨学金を世話してもらう幸運に巡り合った。また、この奨学金証明書を示すと、毎年の学生ビザ申請が容易になった。

 筆者は、Diplom論文として、当時ミュンヘンオリンピックに備えて大規模工事が進められていた地下鉄工事に採用されていた“連続地中壁(図-2-1)”を両側に設けたのち、挟まれた土砂を掘削してその底に底版・中間版を設け、最後にコンクリート頂版で囲うカット・カバー工法(図2-2)の、版と壁の取付部構造をテーマに選んだ。論文主査はミュンヘン市交通局の設計部長に決まり、当時の東ドイツ人妻が、筆者の手書きの文をドイツ語のチェックをしながらタイプライターで打ってくれた。


図-2a コンクリート杭による連続地中壁/図-2b カット・カバー工法(Photos: MVV-Muenchen)


 Diplomを取得した筆者は、ちょうど鹿島建設が受注した東ベルリンの貿易センタービル建設事務所に職を得ることができた。それから2年後、ようやく妻にパスポートが発行され、先ずは西ドイツへ出国できた。筆者が偶然に通うことになったミュンヘン工科大学は、ドイツの9伝統TUの一つであり、2024年THE世界大学ランキング30位と、ドイツでトップの座を示している。当時も今もBayern州は、Abitur試験が全国で一番難関であること、地理的にヨーロッパ隣国との距離が近いことが影響していると思われる。

確かな技術で社会基盤の発展に貢献する 我々は、社会に貢献する企業として”しあわせ”を追求し続け、地球環境の創造を目指します コンクリートを”はつる”

2.スイスの補修・補強工法へのUHPFRCの適用

 昨年6月、筆者がローザンヌ工科大のブリュービラー教授の案内で視察したファーペクレ (Ferpecle)橋は、単に床版上面増厚による補強に加えて、端部ジョイント部の埋め込みで得られるラーメン効果によって剛性強化が図られたユニークな補強工法の2主PC桁橋(支間長35m、桁高1.75m、建設1958年)である(図-3)。その概要は、道路構造物ジャーナル2023/8/1号で報告済であるが、新たに剛性化効果についての情報を入手したので、あらためて報告したい。


図-3a ヴァリス州のファーペクレ (Ferpecle)橋
2主PC桁橋 建設1958年:橋長= 35m, 桁高 = 1.75m

図-3b 補修施工写真 2023年5月
施主: ヴァリス州建設局、
補修提案: ローザンヌ工科大 ブリュービラー教授
補修設計: Favre Engineering、施工: Prader Losinger


 1958年からスイスの活荷重体系は大きく増えており、終局耐力は曲げで72%、せん断で78%しかなく、さらに大型車の交差が可能な幅員を5.30mから7.90mに改築する必要性から、UHPFRC上面増厚工(50mm、支点部は80mm)と単純桁のジョイント部にUHPFRCを埋めることによるハーフラーメン構造(図-4a)とし、さらに図-4bのような拡幅構造が提案された。


図-4a 50mmの上面増厚と端部ジョイントへのUHPFRC埋め込み

図-4b 支点部のUHPFRC補強構造(緑色部)


 この補強によって、曲げ耐力は117%に達し、せん断耐力は124%に向上した。なお、山奥のファーペクレへはこの橋が唯一の交通路であることから、施工中も常に片側3mは交通を開放した。図-5にラフタークレーンによるUHPFRCの搬入と、2方向鉄筋が敷かれた床版への敷設の様子を示す。図-6は片側車線増厚工完了時の様子である。


図-5 UHPFRC材料の流し込み(左)と打込み(右)2023/6

図-6 片側車線増厚工完了


 UHPFRCによる補強効果を確認する目的で、主桁側部にはモニタリング用の光ファイバーが貼られており、この光ファイバーに作用するひずみ量は、ローザンヌ工科大構造研究室で管理されている(図-7)。さらに補強工事完成後には、FEM解析で想定した補強効果を確認する目的で、大型トラック2台による載荷試験が実施された(図-8、2023/10/30)。


図-7 コンクリート桁側面に貼られたモニタリング用光ファイバー

図-8 UHPFRC補強完了後のトラック2台による載荷試験


 事前にFEM解析で得られたたわみ量は、元の単純桁の場合で、max 7.8mm、 補強後のラーメン構造でmax 4.9mm であった(図-9)。およそ37%の低減である。


図-9 補強前後のFEM解析による最大たわみ量比較


 このFEM結果は最大値であり、モニタリングファイバー位置でのたわみ量は3.37㎜になる。一方で、ひずみ値から得られるたわみ量は、3.44㎜となり、良い一致を示している。計測データと解析値との比較を図-10に示す。


図-10 FEM解析値と計測値の比較


 上記に示したように、桁端部のハーフラーメン化による構造変化は、全体構造の補強方法として有用な方法であるが、この方法は、UHPFRC増厚工と組み合わせて初めて成り立つことに注意がいる。桁端部をハーフラーメン化すれば、当然、床版端部付近には引張応力が生じる(図-11)。この引張応力は、UHPFRC層にとっては許容される範囲であるが、普通コンクリート床版の場合には、引張ひび割れが生じてしまう。すなわち、この方法はUHPFRC増厚工の場合にのみ、許されるのである。


図-11 桁端部付近、増厚層の引張応力(-8.0 N/㎜2)

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