超緻密高強度繊維補強コンクリートを用いた橋梁の補修・補強~スイス・日本の事例~
3.日本のユニークな施工例
スイスの山間道路に架かるファーペクレ橋へのUHPFRCの適用法は、日本の山合いに架かる中小橋にとっても、興味深い工法である。とりわけ、冬季に凍結防止剤の散布が欠かせない環境下にある中小橋は、特に橋端部目地部からの塩化物を含んだ水の浸透が、橋桁端部の腐食や、支承、橋座、パラペットの塩害につながることが多く、点検の重要ポイントでもある。滋賀県大津市の日吉大社への参道に架かる神苑(みその)橋(1956年架設、図-12)は、うっそうとした比叡山麓の清流・大宮川をまたいでおり、雨が降ると、橋端目地部から雨水が滴り落ち、周りは黒ずんでいる状態であった(図-13)。
図-12 日吉神苑橋側面図(橋長12.0m)
図-13a 橋端部の湿潤状況 / 図-13b 橋桁端部の状況
なお、神苑橋の少し上流には、1669年に架けられた我が国最古と言われる構造的石橋、大宮橋(図-14)、二宮橋などが架かっており、城壁石垣集団として知られた穴太衆が建造した(図-15)。筆者の祖父は、穴太地区の百姓代の名残をとどめていた。神苑橋の管理者は地方自治体ではなく、山王総本宮日吉大社であり、今後のメンテナンス業務を最小におさえるために、筆者は、この橋の補修対策として、UHPFRC上面補修に加えて、橋端部目地部へのUHPFRC充填を提案した。
図-14 大宮橋(橋長13.9m) / 図-15 坂本は石積みの町、穴太衆の故郷
筆者は、元々14トントラック荷重で設計された現状の橋の耐荷力を把握するために、3次元FEMモデルを作成し(図-16)、20トントラック荷重を載せてみた。ここで、鋼桁下フランジの腐食による厚さ減少4㎜を見込んで、下フランジの厚さは21㎜とした。その結果、鋼桁下端には、死荷重⁺活荷重載荷時に最大101.8 N/mm2の引張応力が見られた(図-17)。
図-16 現状把握のためのFEMモデル
図-17 補修前の鋼桁下端応力、最大101.8 N/mm2
筆者は、神苑橋の補修・補強として、先ず、3主鋼桁の内桁を除く両外桁下フランジの当て板補強(12mm)、外桁端部のウェブ当て板補強、UHPFRCによる20mmの床版上面増厚工を提案した。通常、アスファルト舗装の耐久性は、10-15年と言われており、一般の床版防水層も舗装の更新時に合わせて新調される。一方、超緻密高強度繊維補強コンクリート(UHPFRC)であるJ-テイフコムの場合は、アスファルトの取替え時には、アスファルト層のみを取り替えるだけでよく、床版防水層・補強層としてのJ-ティフコム層は、そのままの状態で再度、特殊接着層を塗布するだけで、何度も使用できる。さらに、神苑橋の補修にあたっては、橋の弱点部である橋端目地部に、止水処理をしたうえでUHPFRCを充填したので、目地部からの水の浸透も完全に遮断されている。スイスのファーペクレ橋のように、目地部充填によって、単純桁システムがラーメン構造のようになり、構造的にも頑丈なシステムが得られている。
筆者は、この構造系の変化による鋼桁・コンクリート床版などへの影響を診るために、橋脚を含めた3次元FEMモデル(図-18)を作成し、解析をおこなった。コンクリート床版上面にはUHPFRC増厚層(20mm)が敷かれ、その上にアスファルト層が載っている。なお、追加した目地充填部のUHPFRC層は、床版上面のUHPFRC層とつながっている。
図-18 橋台を含んだ3次元構造モデル、 右は目地部の詳細図
このモデルの上に20トントラックを載荷した結果を、図-19に示す。先ず、鋼桁下フランジ部の最大応力は、80.7 N/mm2に減っている。20.3%の減少である。但し、注意が必要なのは、床版上面UHPFRC層の引張応力が、端部で10.2 N/mm2に及んでいることである(図-20)。UHPFRC層であるがゆえに、ひび割れ無く耐えられる。施工時の写真を図-21に、今春の完了写真を図-22に示す。
図-19 補強後の鋼桁応力、外桁支間中央部の下端で最大80.7 N/mm2
図-20 UHPFRC補強層の上側応力、端部で最大10.2 N/mm2
図-21a UHPFRCの目地部への充填 / 図-21b UHPFRC施工完了、目地部も充填済
図-22a 鋼桁補修完了,桁端部水漏れ解消 / 図-22b 補修工完了の神苑橋
4.あとがき
本稿では、昨年の夏、スイスの山間部へローザンヌ工科大のブリュービラー教授に案内していただいて、筆者が見聞した現場打ち超高性能繊維補強コンクリート(UHPFRC)材料のユニークな補修工事への適用、特に、橋梁の最大の弱点ともいえる橋端目地部へのUHPFRC材料の埋め込みとそのメリットを述べた。さらに、スイスの目地部処理に対する知見の、我が国中小橋梁へのはじめての適用である日吉神苑橋の補修・補強について報告した。但し、このような補修・補強は、現場打ち超高性能繊維補強コンクリート(UHPFRC)材料による工法であるがゆえに成立するものであることを忘れてはならない。UHPFRC材料による床版補修は、NEXCO高速道でも順次採用されるとの情報もあり、今後、広範囲に普及することで、補修の有効性が高まることを願いたい。
最後に資料提供に快く応じて下さったブリュービラー教授とスイスの補修工関係者、および日吉神苑橋の補修工関係者の皆様にお礼申し上げます。