まちづくり効果を高める橋梁デザイン

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2024.07.16

Vol.2 地域価値を高める橋に必要な計画・設計の流れを考える

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ピーエス三菱のココロ 価値ある環境未来に 奥瀞道路(Ⅲ期)3号橋 ブラスト施工技術研究会
>二井 昭佳氏

国士舘大学 理工学部 
まちづくり学系 教授

二井 昭佳

はじめに

 7月に入り一気に酷暑となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。前回に続き、ご覧いただきありがとうございます。今回からは、地域価値を高める橋に必要な計画・設計の流れについて考えていきたいと思います。

 じつは2022年に、橋梁デザインを実践する仲間とともに、土木学会の景観デザイン委員会に橋梁デザイン小委員会1)を立ち上げました。

 そのきっかけとなったのが、2022年にスペイン・バレンシアで開催予定だった橋梁デザイントリエンナーレです。スペインの橋梁エンジニア、ホセ・ロモ2)さん(FHECOR Ingenieros Consultores社CEO)が中心となって企画した、世界初の橋梁デザインを対象とした国際展覧会です。

 ホセさんから、当時fib(国際コンクリート学会)の会長だった春日昭夫さんに出展の打診があり、相談の結果、土木学会に橋梁デザイントリエンナーレ実行委員会を立ち上げ、藤野陽三先生(東京大学名誉教授)に実行委員長をお引き受けいただき、日本チームとして出展することになりました。

 私は、日本チームの展示の取りまとめを担当することとなり、仲間と準備を進めていたのですが、残念なことにコロナ禍で中止になってしまいました。展示企画を練る作業はなかなかハードでしたが、あらためて日本の橋を見つめ直すことで、これからの橋の計画・設計のあり方を考える良い機会となりました。

 その時の議論をぜひ継続したいとの思いから、展示企画のメンバーが中心となり小委員会を立ち上げ、定期的に橋梁デザインのあり方について議論を続けています。今回は、仲間との議論をもとに考えていることをご紹介したいと思います。

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世界を見据えるということ

 トリエンナーレの展示内容を考え始めて愕然としたのが、これまで日本の橋を世界にアピールするという観点を持たずに過ごしてきてしまったということです。学生時代にヨーロッパの橋に魅かれ、実際に訪れたり、洋書を買って眺めたりと、それ以後も海外の橋梁に関心を持ち続けてきました。ただそれは、自分の世界を広げたり、仲間や学生に紹介したり、設計のヒントを探したりするため、つまり、学ぶ対象としてしか見ていなかったのです。

 しかし、トリエンナーレでは、日本の橋を世界の皆さんに披露しなければなりません。ドイツやフランス、イギリスやアメリカといった国に並んで、日本の橋を展示するのです。

 その時の僕を例えていえば、メッシやロナウドに憧れプレーを真似していた少年が、いきなり彼らと勝負することになり、対等に渡り合う術を考えなければいけない状況になったようなものです。楽しみな気持ちもありましたが、かなりのプレッシャーを感じていたのが事実です。

 ただ、日本の技術は高いかもしれないが、橋としてはたいしたことがないと思われるのは心外です。出す以上は、日本の橋はデザインのレベルも高く、参照する価値があると思われたい。

 どうすれば日本の橋の魅力を伝えられるのか。そもそも日本の橋の特質はどこにあるのか。世界と比べて一体どこが優れているのか。企画の構想にあたっては、世界を見据えながら、日本の橋を見つめ直す作業からはじめることになりました。

 結局トリエンナーレは中止になりましたが、「世界を見据えて日本の橋のあり方を考える」という意識の転換は、僕たち企画チームにとって大きな財産になっています。

世界に誇れる日本の橋とは

 さて、みなさんは、世に誇れる日本の橋と聞かれたら、どの橋を挙げますか?

 錦帯橋や猿橋、通潤橋をはじめとする九州の石橋群といった近世以前の橋、隅田川の復興橋梁群、本四連絡橋をはじめとする長大橋に、西海橋や浜名湖大橋、横向大橋やかつしかハープ橋、別府明礬橋や小田原ブルーウェイブリッジなど、戦後の名橋たちでしょうか。いずれも世界と十分に渡り合える橋ですよね。

 ただ小田原ブルーウェイブリッジでもすでに25年が経過しています。いつまでも先人や大先輩たちの仕事に頼るのではなく、ここ10年程度の間に完成した橋で勝負したい。さらに近年のヨーロッパの橋梁デザインの動向を意識すれば、人が渡ることができる橋を中心に出展したいと考えました。

 ちなみに戦後の日本を代表する橋を知りたい方は、ぜひ『橋梁と基礎』2016年8月号特集「次世代に伝えたい50橋」3)をご覧になることをおすすめします。推薦した方の思いとともに記されていますので、楽しく学ぶことができます。

幻の日本の展示「人々の物語をつむぐインフラ」

 幻となってしまいましたが、みんなで一生懸命考えた企画ですので、ここでご紹介させていただきます。あくまでも構想段階のものとしてお読みいただけますと幸いです。また詳しく紹介するメインプロジェクトなどについては具体的な橋名を挙げるのは控えさせていただきます。もし直接お会いする機会がありましたら、ぜひご感想をお伺いしたいです。

 日本の展示では、橋を「人々の物語をつむぐインフラ」と位置づけ、日本の橋の特質を3つのテーマにまとめることにしました。そして、それぞれのテーマに対し、近年の橋を2つ詳しく紹介するとともに、テーマに深く関わる橋を時系列に並べ、系譜図として示す構成を考えていました。


図-1 展示パネルのイメージ案


 ひとつめのテーマが、「自然との共生」です。地震や洪水といった自然の力が大きい日本では、その力を真っ向から受けとめるのではなく、むしろ地形を読み、活かし、構造を工夫することで、その力をうまく受け流す術を磨いてきました。そうした積み重ねによって、暮らしを支え、風景の魅力を高める橋を創り出してきた。これが日本の橋の特質のひとつだと考えました。

 系譜図には、耐震と美しさを両立する橋、地形を保全し風景の魅力を高める橋、流れ橋や沈下橋といった洪水と共存する橋を想定していました。ちなみに近現代の橋と並び、松日橋(岩手県住田町)は系譜図でぜひ紹介したいと思っていた橋のひとつです。


図-2 松日橋。海外には流れ橋や沈下橋は非常に限られているようです。
まさに日本人と自然の関わりを象徴する橋だと思います


 ふたつめが、「出会いの舞台」です。東海道五十三次の日本橋、東都名所の永代橋で広重が描いたように、橋は渡るのみならず、会話を楽しむ場所であり、もの想いにふける場所でもあります。物語や小説、映画やドラマと種類を問わず、橋を舞台に出会いと別れが描かれてきたことは、みなさんもよくご存知だと思います。

 そうした文化は、戦後の自動車中心の都市づくりのなかで消えそうになった時もありましたが、昨今のウォーカブルの流れとともに、再び大きな灯になりつつあります。また、橋を地域の財産として、地域で守っていくという橋守活動は、橋を媒介に生まれる新しい出会いのかたちともいえるでしょう。

 すなわち、都市の賑わいと人々の居場所を生み出す橋や、橋がつむぐ新しいコミュニティが、日本の橋の特質だと考えました。

 系譜図には、ペデストリアンデッキや広場的機能を持つ橋、鉄道や高速道路の高架下空間に、各地で展開されている橋守活動などを加えたいと考えていました。


図-3 東急東横線中目黒駅の高架下空間。
高架下空間の活用は、海外でも行われていますが、日本のように広がりを見せているのは珍しい


 最後のテーマが、「継承と進化」です。木の文化圏では、素材そのものの耐久性が小さいことから、定期的に技術を次の世代に継承し、更新しながら長く使う方法が用いられてきました。たとえば錦帯橋ではアーチ部は20年ごとに、桁部は40年ごとに架け替えられてきたことが記録に残されています4)

 そして技術の継承とは、単に技術を受け継ぐということではなく、更新前の課題を踏まえ、新たな挑戦、つまり進化を伴う行為でもあったはずです。

 つまり先人の知恵と技術を継承しつつ、社会に求められる新しい挑戦を続ける。これが、日本の橋の3つめの特質だと考えました。ですから橋を文化として後世に受け継いでいく橋や、環境負荷軽減など社会要請に応える技術を用いる橋を詳しく紹介したいと考えていました。

 また系譜図には、伝統技術を継承し続ける木橋や、連句的発想による群としての橋、リ・デザインにより新たな命を得た橋や、複合構造や新構造・新材料の橋を掲載することを予定していました。


図-4 吉香公園に設置されている錦帯橋橋板の止水実験をするための木造橋5)
継目部分に、銅板やシュロ縄、シーリング材など13種類を用い、実験しています。まさに継承と進化です

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