橋梁四方山話

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2024.09.20

第二話 温故知新に学ぶ橋のサステナビリティ(その2)

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ミヨ高架橋の環境的側面からの再評価

ミヨ高架橋はフランス南部に位置する高速道路A75に架かる連続斜張橋である(図-8)。PPP事業として2004年に開通した。特にP2橋脚(図-9)は高さが250mあり、100mの主塔と合わせると350mになる。これは、ヨーロッパ大陸で一番高い人工物であるエッフェル塔(300m)を凌ぐ。その結果、世界中から観光客が押し寄せることになった。ミヨ高架橋の下に設置されたプレゼンテーション施設はいつも観光客で溢れている。ちなみに、高速道路が走る高さ250mは、東京タワーの第二展望台と同じである。


図-8 ミヨ高架橋

図-9 高さ250mのP2橋脚


 ミヨ高架橋は「高架橋」と呼ばれている。「ミヨ橋」ではない。ディスカバリーチャンネルでミヨ高架橋の建設を放映していたが、その中で一般の見学者がこの橋は高架橋か橋かを議論している場面がある。日本人はその定義の違いを知らないが、彼らにとっては議論のネタになるのである。フランスの橋梁技術者に聞いてみた。

 橋(pont)は川、高速道路、鉄道など特定の障害物を越えるものであり、高架橋(viaduc)は谷を越えるものだそうだ。ミヨ高架橋はタルン川を越えるものだという意見もあるかもしれないが、その主な目的はタルン川が流れる底の深い谷を越えることであるので、ミヨは高架橋と呼ばれている。歴史的にも語源的にも「pont」は古く、1080年に登場したこの単語は、ラテン語の「pons(橋)」に由来するそうである。一方、「viaduct」という単語は1829年に登場し、ラテン語の「via(道路)」と「ductus(導く)」に由来する英語の「viaduct」が起源だそうである。

 ミヨ高架橋には橋梁デザイナーたちの情熱と執念が詰まっている。この橋はコンペが行われた。6案の中では、(その1)で触れたジャン・ミュラーの600mアーチ橋案と、連続斜張橋案が有力であった。ビルロージュは施主であるSETRA(※編注 フランス共和国における道路・高速道路技術研究所 日本においては土木研究所の一部機能とNEXCO総研の機能を合わせたような感じが理解しやすいか)のエリート技術者という立場であったが、何としても連続斜張橋を実現させたいが故に、SETRAを辞職して応募側に参加したのである。なんともすごい執念と情熱である。結局、彼は英国建築界の重鎮ノーマン・フォスターを招き入れ、コンペに勝ち、歴史に残る素晴らしい橋を建設した。

 深い渓谷に架かるミヨ高架橋は、主要な視点であるミヨの街から見るとその渓谷が見えない。そうすると600mのアーチは上半分くらいしか見えないので、橋脚とアーチが離れ不自然になる(図-10)。ビルロージュは筆者にこのアーチ案の欠点を説明してくれた。巨大な橋は周辺環境に大きな影響を及ぼす。しかし、細かな配慮を施すことで不自然さをできる限り取り除き、橋が景色になじんでいく。これはサステナビリティの社会的側面にとって大事な要素であると考える。ミヨ高架橋の経緯は、フランスの橋梁デザイナーの高いポテンシャルに脱帽したエピソードであった。


図-10 J. ミュラーの600m支間アーチ案の見え方


 余談であるが、フランスの橋梁界ではビルロージュのような人材が次にいないという問題を、フランス土木学会会長から聞いた。先に述べたジャン・ミュラーが去った後の設計事務所の顛末然り、橋梁技術者に関しては持続可能性の追求は簡単ではなさそうである。

 さて、テーマのミヨ高架橋の再評価に移ろう。建設費は394百万ユーロ である。400百万ユーロに筆者が提唱している指標400tCO2/百万ユーロを掛けるとミヨ高架橋の建設で排出したCO2の量は以下のように大まかに計算できる。
  400百万ユーロ X 400tCO2/百万ユーロ = 160,000tCO2

 また、高架橋の建設によるCO2排出量(材料製造段階のみ)を数量から大まかに推測すると、コンクリートが78,000m3、鋼材が41,000t、斜材が1,500tなので、

  78,000m3 X 1.3tCO2/m3 + 42,500t X 1.5tCO2/t = 165,000tCO2

とほぼ同じ排出量になる。なお、1.3tCO2/m3は文献6)より、鋼材の1.5tCO2/tは工場での加工も含んだ値である。

 次に、乗用車は除いて、高架橋建設によるトラックが排出するCO2の削減量はどの程度になるのであろうか。ミヨ高架橋の建設前は、トラックは遠回りの別のルートを通っていたと考えられるが、ここでは単純化する。深さ250mのタルン渓谷の高低差を登り下りする延長は、縦断勾配を5%として10km。一方で、高架橋の橋長は2.5kmである。よって、ミヨ高架橋の建設前後でのトラック1台当たりのCO2排出量の差は、

  (300g/km X 10km – 150g/km X 2.5km) X 4.3 = 0.011tCO2/台

である。なお、ここで使用した走行速度による車両のCO2排出量や、トラックの乗用車に対するCO2排出量の比4.3は、文献7)を参考にした。

 また、文献8)によれば、2016年10月~2017年6月の180日間の交通量調査の結果が16万台なので、1日当たり890台のトラックが通行したことになる。従って、ミヨ高架橋の建設によって、

  890台/日 X 0.011tCO2/台 = 10tCO2/日

のCO2排出量が削減されることになる。そして、建設時に排出されたCO2排出量をこの値で割ると、

  160,000tCO2 / (10tCO2/日 X 365日)= 44年

となり、ミヨ高架橋はこのままの交通量が続くとすると、開通後40年強で建設によって排出したCO2をキャンセルできることになる。実際に迂回していた距離はこの単純計算よりも長いと考えられるので、この年数は短くなる可能性がある。キャンセル後は、毎日10tCO2の排出量を削減していることになるので、これは年間3,600tCO2の排出量削減に相当する。

 ミヨ高架橋はPPP事業である。そして民間の事業者は75年の料金徴収権を持つ。事業者がこの効果を通行料金にプライシングして加算することもできるのではないだろうか。例えば、エンジン車とEV車で通行料金に差をつけるのである。あるいは、政府が事業者にカーボンクレジットを報酬として与えることも可能であろう。このような仕組みは、PPPのリスク低減につながり、プロジェクトファイナンスもESG投資(※編注 「社会的責任投資」のこと)となることで、より民間資金の活用が容易になる。

 ミヨ高架橋が地元ミヨの経済に与えた影響は大きい。毎年多くの観光客を集め、ミヨの街は大いに発展した。ここに示した再評価は、インフラにより削減されたCO2排出量が今後のインフラ建設に欠かせない最適化におけるひとつの目的関数になり得ることを意味すると考えるのである。

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