まちづくり効果を高める橋梁デザイン

まちづくり効果を高める橋梁デザイン
2024.10.02

vol.3 ヨーロッパの橋、見て歩き(1)

Tag
まちづくり効果を高める橋梁デザイン
Share
X Facebook LINE
コンクリートを”はつる” CORE技術研究所

狭隘な旧市街の安全な歩行者動線 Italienische brücke(イタリア橋|クール)

 続いては、スイス東南部一帯を占めるグラウビュンデン州の州都で、スイス最古のまちともいわれる都市、クールの橋です。「氷河特急」や「ベルニナ・エクスプレス」の発着駅として、クールのことをご存じの方が多いかもしれません。

 じつは、土木建築分野としてもクールは面白いところで、かつてはクリスチャン・メン先生の橋梁事務所が、今はコンツェットさんの事務所、建築家ピーター・ズントーさんの事務所がこの街にあります。

 さて紹介するイタリア橋は、駅から少し離れた旧市街の西端、プレスール川(Plessur)に架かる歩道橋です。旧市街の外周部の道路の交通量が多く、旧市街への歩行者・自転車の新たな動線として計画された橋です。川幅は約15mと短いのですが、ルートの関係で、川を斜めに横断する必要がありました。


写真5 プレスール川を斜めに横断するイタリア橋


指名コンペで案を決定

 クール市は、2017年に匿名での指名コンペを実施します。その報告書6)をみると、招待されたのは、Bänziger Partner AG、Casutt Wyrsch Zwicky、Chitvanni + Wille GmbH、Conzett Bronzini Partner AGの4社です。それぞれ必要に応じて建築事務所などとのJVを組むことができたようです。

 提出物は事業計画書と模型とあり、事業計画書の詳細は不明ですが、応募資料の一部をみるとパースや図面、構造の概略検討などが求められていたようです。ちなみに、応募者への報酬は8000スイスフラン(現在のレートで約140万円)、模型の報酬は2000スイスフラン(約35万円)と記されています。こちらは、順位と関係なく同額が支給されるようです。ちょっと安い気もしますが、模型の提出が求められているのはとても良いことです。

 審査の方法は、まず実務者によって予備の技術審査がおこなわれ、その後、審査委員会が審査を実施するというスタイルです。予備の技術審査を担当したのはベルニナ・エクスプレスなどを運行するレーティッシュ鉄道の土木エンジニアの方で、構造形式、構造システム、耐久性、利便性、洪水への影響、製作・施工、コストの観点から、全作品への評価と審査員への説明が行われたようです。その後、州や市の土木、都市計画、建築、文化財の専門家による審査委員会が審査を実施しました。

 日本の橋梁コンペでは、実務者による予備の技術審査はほとんど行われていないと思いますが、コンペでは構造的にも施工的に難度の高いものが提案される傾向があることを考えると、こうしたステップを検討するか、さきほどのチューリッヒのように実務に通じた専門審査メンバーを加えることを検討することが大切だと思います。

選定されたBänziger Partner AGとは

 コンペで選定されたベンティガー・パートナーズは、1959年に設立されたスイスで著名な土木エンジニアリング会社です。創設者は、ディアルマ・ヤコブ・ベンツィガーさんで、クリスチャン・メン先生の同級生、スイス連邦工科大学(ETH)では1年後輩にあたります。本社はチューリッヒにあります。

 ベンツィガーさんの代表作はいろいろありますが、例えば、チューリッヒ市内の1kmを超える鉄道高架橋Hardturmviadukt7)、ルツェルン駅と旧市街を結ぶ非対称断面のSeebrückeなど、今見てもカッコいいなと思います。クリスチャン・メン先生と共同でズンニベルク橋の設計も担当しています。

 ちなみに以前、在外派遣でETHに滞在していた時の友人が取締役のひとりになっていて、先日も意見交換をしてきました。会社のHP8)を掲載しますのでご興味のある方はぜひご覧ください。


写真6 左右非対称の断面Seebrücke Luzern


三角形のアーチ断面

 話が随分それてしまいました。選定された案は、中路の単弦アーチ橋で、S字形状の桁を10本のケーブルで左右交互に吊る形式です。橋長は77mで、アーチスパンは62m、アーチライズは14mですのでライズ比は約1/5とやや大きめです。幅員は3mです。

 アーチ断面も桁断面もともに三角形で、アーチ断面は1辺70cmの正三角形となっています。板厚は50mmだそうです。コンペ審査時に、アーチの三角形断面の製作難易度の高さが指摘されたようですが、実現しています。

 ライズ比が大きい割に、シャープな印象を受けるのは、アーチ断面が三角形になっていることが効いていると思います。ただ製作はかなり難しそうですよね。どの程度難しいのか、どなたかぜひ教えてほしいです。

 ちなみにアーチのハンガーロープを水平方向に広げることで、アーチの横方向の安定性を確保しているようです。

 竣工は2020年で、翌年にEuropean Steel Design Awards 20219)(ヨーロッパスチールデザイン賞 – スイス部門)を受賞しています。


写真7 正三角形断面のアーチ


S字線形の逆三角形桁断面

 桁断面もまた三角形断面で桁高は50cmとかなり薄いです。縦桟の高欄が桁側面に取り付けられていることもあり、実際にはさらに薄く感じます。この高欄を桁側面につける方法は、ヨーロッパの歩道橋ではよく見られる方法ですが、桁を薄く見せるとともに、地覆がすっきりすることで橋からの眺めも良くなる一石二鳥の効果があると思います。

 さて、桁断面も曲線の平面で三角形なので、アーチと同じく製作が難しそうですが、こちらも綺麗にできていました(写真を撮り損ねてしまいました…)。

 S字の歩道を支えるために桁端部は橋台に剛結されています。これによる温度変化と橋台の安定のために、橋台背面にはマイクロパイルが使用されています。桁と橋台が剛結されることで、伸縮継手や支承を無くせており、維持管理的に有利な構造になっています。


写真8 桁の側面に取り付けられた高欄


限られた場所での施工

 現場はスペースが限られ、かつ鉄道にも近い場所ということで、施工にもさまざまな工夫が必要だったようです。橋桁は4つに、アーチは3つに分割し、60m程度離れた位置からセットするために最大500トンの移動式クレーンにより施工したと記されています。以上の内容については、設計責任者であるトーマス・イェーガーさんがヨーロッパスチールデザイン賞の冊子に寄稿した論文10)に詳しく記されています。PDFですので、もしよろしければご覧ください。

イタリア橋 脚注・参考文献

6) Projektwettbewerb Obertor, Rad- und Fussgängerbrücke Welschdörfli Bericht der Jurierung,クール市,2017
https://espazium.s3.eu-central-1.amazonaws.com/files/2018-05/jury-bericht_obertor_rad-und_fussgangerbrucke_12._dezember_2017.pdf
7) ETHライブラリ:Hardturmviadukt
https://crowdsourcing.ethz.ch/2021/04/21/hardturmviadukt-j-78/
8) Bänziger Partner AG HP
https://www.bp-ing.ch/
9)European Steel Design Awards 2021(ヨーロッパスチールデザイン賞) HP
https://www.ernst-und-sohn.de/en/european-steel-design-awards-2021-switzerland
10)Thomas Jaeger, Daniel Locher: Italian Bridge over the River Plessur Bicycle and Pedestrian Bridge, ESDA 2021 Report, 2021.
https://www.ernst-und-sohn.de/sites/default/files/uploads/ch_bridge_report_esda2021.pdf

インフラを技術で守る 高分子系浸透性防水材(ハイブリッド型) エンジニアリングがつなぐ人とインフラ

pageTop