新しい時代のインフラ・マネジメント考
⑦維持管理の本丸は?
植野インフラマネジメントオフィス 代表
一般社団法人 国際建造物保全技術協会 理事長
植野 芳彦氏
1.はじめに
ここ数回、インフラ・マネジメントに関して、気になっていることを書いている。同じことを書いているが、老人のたわごとである。本当に心配だから何度も書いている。ここで、私が技術的な細かいことを書いても意味はない。否定する人たちも多いだろう。そこを議論するつもりはない。そこは現役の素晴らしい経歴の方々に譲りたい。技術は若いときにどれだけ、様々なことを経験し、修羅場をくぐってきたかで決まると思う。ズーット、エリートで、注目される仕事をしても、偏ってしまう。しかし、世の中では、それぞれの役割分担が重要だと思う。
2.マネジメントサイクルとはいうけれど?
最近、立て続けに講演を頼まれて、テーマが決まっていればそれに関して資料を見直して造るが、テーマのないものに関しては、改めて自分の、これまでの経験を思い出してみる。すると、もう40年以上この世界にかかわっていることに改めて気づく。しかし、いろいろやってきたし、所属組織も変えてきた。一つ言えることは、日本の社会制度は非常に後進国的で古い体質がまかり通っている。
けっこう、打ち合わせや様々な場面で、皆さん「マネジメントサイクルで・・・」とはいうが、結局は点検のところで止まってしまっている。資料-1と資料―2を示す。
サイクルと言っている時点で、最終的な更新や撤去のことを考えていない。これは最終的に必ず発生する。そもそもが「永久橋」ということがおかしい。必ず寿命は来る。設計時にライフサイクルコストも勘案し決めていくことになるはずだが、多くの場合が鋼橋は数年~数十年に一度の塗替えが必要になるのでコストが上がる、という程度の話しか出てこない。するとPC橋のほうがLCC上は有利になる。しかしこれは本当にLCCの出し方が正しいのか?
LCC⇒ライフサイクルコストであるが、もちろん作るときの検討は昔からされている。ここに、運用中の経費+撤去費+廃棄費を入れなければ、本当のライフサイクルコストにはならない。特に運用中は厄介だが、どのくらい補修などが必要か? である。ここで、補修後に再劣化が起きてくれば、単純にはいかない。LCCの見直しが必要になるはずである。
3.本当のLCCは?
先日、懸案であったNEXCO上のオーバーブリッジを撤去できた。(資料―5)これで不安材料が1つ無くなった。
NEXCO上のオーバーブリッジ(北陸自動車道に架かっていた杉谷第2跨道橋)
問題はその費用である。18億円かかった。橋梁はPCの斜πラーメンであったが、このコストがバカみたいである。自治体にとっては膨大な費用で、年間の橋梁維持管理費に匹敵している。職員が悔しいので架設時のコストを調べたそうだ。40年前だが1億円だったそうである。なぜ、18倍も撤去にかかるのか? 大きな理由は時代の流れであろう。そしてPC橋という厄介な構造。本橋の本線走行路面上からの高さが高いことである。ということで、本来であればLCCを考慮するのならば、新設時に形式も選定すべきである。おそらく鋼橋であれば、少なくとも撤去コストは下がっていたはずだ。
10年前にこの橋を最初に見たときに感じたのは、スパンのわりに桁高が低い印象であり、桁端部に水平クラックがかなりの大きさで出ていた。路面からの高さがかなり高いので、無理して桁高を抑える必要はなかったと思うのだが。それで不安を感じ点検調書を見るとお決まりの「ASRによるクラック」である。クラックの大きさと、主桁水平方向のクラックからからとてもASRだとは思わないが、コンサルさんの見解はそうである。そもそもPC橋にクラックが発生していること自体がおかしい。不安を感じ、モニタリングを指示した。
PC橋なのにクラック?
その後詳細調査を行い、コンクリートの物性調査、2次元解析と3次元FEM解析を行った。その結果が、芳しくなかったのでNEXCOと協議を重ねた。
高速道路上のオーバーブリッジは、設計施工をNEXCOが行い管理は市などに移管される。それが時間とともに経年劣化してくるわけであるが、それだけではない。地元の要望で作っているとはいえ、なかなか厳しいものがある。設計計算書も残っていなく、今回はあらゆる、伝手を辿って揃えていった。昔なので手計算であったが逆にこれは計算を追いやすい。
富山市で管理するオーバーブリッジはあと2橋残っていて、実はこれも不安なクラックが発生している。これは昔から疑問だったが、コンサルは「ASR」としか見ていない。全ての橋を設計からチェックし詳細調査を行い、解析を行うのは、市にとって不可能である。
このほかにも撤去に関しては適宜、調査、撤去設計を実施していく予定であるが、撤去費用がバカにならないことを申し述べておく。そして技術的にも撤去のほうが新設時よりも本当は高度な技術力が必要である。解体していくと構造のバランスが崩れていくからである。事故も想定されるので注意が必要となりコスト高になっていく。全国には数多くのオーバーブリッジが存在する。これを管理していくのは大変である。事故がないことをいのる。
おそらく、維持管理という観点からも、技術的にはNEXCOさんの方々が経験が一番豊富であると考えている。それは、これまで様々な構造物を多数実行しているからである。様々な、技術的継承もなされているであろう。これに比べ自治体などはそれが極端に少ない。我々の土木の世界は経験が非常に重要である。どんな天才でも実際の経験が乏しければ、空想の世界にいるようなものであるが、最近これが欠けている。
4.一般的なマネジメントサイクルで抜けているもの
形あるものは必ず、朽ちる。今のところここが一番重要で、多くの方々が勘違いというか認識を誤っている。点検は重要だが、所詮点検は点検で、維持管理の本来は補修補強である。そして損保構造物が、使えるのか危ういのかの判断、さらには長期的な視点と他の管理物全体との関係性と財政とのマネジメントが重要なのだがどうも、中途半端で部分的な話にしかならない。マネジメントが重要で、学者の方々は貴重な意見を述べられるが、実践には手間がかかりすぎて実行はかなり難しい。資格でどうなるものではなく。人によってできるかできないか? である。私は戦略好きで研究をしているが、よく「将の器」と言われることがあるが、これが有るか無いかで、周囲の人々や組織の負担が、大きく変わる。
富山市では10年前からそういう考え(長期的な視点と他の管理物全体との関係性と財政とのマネジメントを重要視)で行っており、コンサルさんにも、そのように指示している。至極当たり前のことなのだ。ここで、おかしいのは点検の議論をしているはずな場合でも、すぐに金の問題に行ってしまう。そのくせきちんと点検されていない。これでは、維持管理はおかしな方向になっていく。これまでの状況を見ていると、点検後に詳細調査が必要だという提案もないし、誤診も相当数ある。富山では、すぐに「ASR」と言えばよいと思っている。こういう場合、設計瑕疵のように賠償金を払うのか?
診断は、本来官の人間が行うべき作業である。点検にかかわったコンサルの意見を聞くことは構わないが、事象を見て判断していかねばならない。診断には責任が伴うということを忘れている方々が多い。コンサルが責任を引き受けるというのであれば任せても構わないが、そうはならないだろう。適切な診断ができてこそ、その後の工程の判断ができる。まえから見ていると、こういった老朽化の時代になると、何でもかんでも「老朽化による・・・」というがそうではなく、もともとの設計ミスもあれば施工ミスも、不備も手抜きもある。さらには、機械的破壊もある。例えば過積載による、疲労破壊などは、破断面を見れば一目瞭然だが経験が浅いとわからない。これを、理解して診断しなければならない。
それでも、いまさら「点検マニュアルを作ろう」というところもある。自分のところに特化したマニュアルを作るというのが理由だと思うが、皆さんマニュアルが好きである。ならば、道路橋示方書をもっと読み込めばよいのではないか? 其れよりも手法を変えるとか、効率化を図る手立てを考えればよい。