まちづくり効果を高める橋梁デザイン
はじめに
毎年、この時期になると痛感するのですが、1年って早いですよね。気がつけば12月も半ばです。師走のお忙しいなか、ご覧いただきありがとうございます。
タイトルに面食らった方もいらっしゃると思いますが、今回は橋梁設計における比較表について考えていきたいと思います。
比較表のこと、どう思っていますか?
橋台位置に、橋台・橋脚・基礎形式の選定、上部工の形式選定に加え、橋脚の形状や上部工の断面形状などなど、橋梁設計ではさまざまな項目を決めるために、必ずといって良いほど比較表が用いられています。
設計者や行政のみなさんは、これらの比較表のことを、正直なところ、どう思っていますか?
「最適な案を選ぶためには不可欠のプロセス」や「税金を適正に使うためにも必要」といった肯定的な方もいれば、「発注者に求められるので」や「比較表がないと決められないし」、あるいは「比較表があるのが当たり前だったから、必要性を考えたこともなかった」という方もいると思います。
でも、みなさんのなかには、僕のように「なんでもかんでも比較表を作成する必要あるのかな?」と思っている方もいるのではないでしょうか(いらっしゃいますよね?)
設計において、さまざまな可能性を検討すること、案による違いをわかりやすく整理することは必要だと思います。ただ、現在の橋梁設計で多用されている比較表を積み上げていくスタイルは、設計の意図が伝わりにくい上に、比較表の修正といった手戻りも多く、設計者の負担をいたずらに大きくしてしまっていると感じています。
ここにどのような橋を架けるのか、自分で考え設計できる仕事に就いたつもりだったのに、気がつけば、ひたすら比較表をつくっている。結果として最適案になった橋は、自分が架けたいと考えた橋だったのか、もはやよくわからない。そう感じている若い橋梁エンジニアは少なくないように思います。
最近、建設コンサルタントのみなさんから、まちづくり系の部署は人気だけど、橋などの構造系を希望する学生が少なくて困っているという話を聞きます。こちらが思っている以上に、学生は大人の様子をよく観察しています。こうした状況を改善するためにも、橋梁設計の魅力的なプロセスが必要ではないでしょうか。
その一歩に向けて、比較表は本当に必要なのか、それに変わるアウトプットの方法はないのか、ぜひ一緒に考えていただければ嬉しいです。
橋梁予備設計に大きな一石を投じた『橋の計画と形式選定の手引き』
橋梁予備設計の重要性と課題は以前から個々には指摘されていましたが、現状の課題を踏まえ、望ましい橋梁計画のありかたを提言したのが、土木学会構造工学委員会橋梁予備設計の適正化に関する研究小委員会による『橋の計画と形式選定の手引き(2023年5月発刊)1)』です。
R2SJに掲載された「今後の橋梁計画のスタンダードになるか?『橋の計画と形式選定の手引き』座談会2)」を読むと、橋梁予備設計の課題点に加え、目指すべき橋梁予備設計の姿、そのために必要な設計プロセスから設計フィーのありかたまで熱く語られていて、とても感銘を受けました。
とくに印象に残った発言を引用させていただきます。
「橋梁計画は決して橋梁形式を選ぶことだけではありません。(中略)それが現地に実際に架けられることをイメージしながら、しっかりとブラッシュアップまですべきです。そういったことを橋の計画の「常識」にしていく必要がある」(久保田先生、太字部筆者)
久保田先生とはいろんなところでご一緒させていただいていますが、本手引きを通じて最も伝えたいことが現れた言葉だと感じるとともに、心より賛同します。
予備設計の段階で、最終的に出来上がる橋のおおむねの形を決めるところまで進める。そして詳細設計では、構造照査で部材寸法などの調整を図っていく。現在の橋梁設計のウェイトを大きく予備設計側にずらすことは、まちづくりの観点からみても大きな効果があると思います。
「社会的ニーズとして道路構造物あるいは道路橋に対して、なるべく被災しないものや長寿命化が図れる、あるいは景観性の良いものにして欲しい、などは「アウトカム」です。それについては最低限というものはありません。また基準も作れません。」
「構造計算やお金には正解があるが、現場に応じてどのようなものを造るべきか?どのようなリスクに配慮すべきか?というのには正解がないわけです。計画は正解のないことについて検討し意思決定することが重要」
「予備設計の段階で議論され、検討したことを明示的に残すことで、縛りを明確にするとともに、新たに得られた情報を加味しながら選択できる余地を多く残している」
(いずれも玉越氏、太字部筆者)
計画の本質に迫る言葉で深く感じ入りました。最低限確保しなければいけない構造物としての品質は設計基準で示すことができます。しかし、橋に求められているのは、最低限の品質ではありません。それは当然クリアした上で、地域や社会に対してどのような貢献ができるのかが問われている。ただ、それは場所によって異なります。そのため基準として示すこともできないし、そもそも正解はひとつだけとも限らない。
だからこそ、設計者と行政担当者は、この橋はどうあるべきなのかをきちんと議論し、意思決定しなければいけない。それが計画なのだ。そして、その内容を記録し、詳細設計や施工、維持管理まで含む後工程に伝える必要があると指摘されています。
まさにおっしゃる通りだと思うと同時に、従来の比較表は、それに応える資料になっていない。やはり別のアウトプットが必要だとあらためて感じました。
「計画段階、予備設計段階が橋の建設においては重要で、しかも高度な知識が求められます。橋の形式選定の上流の道路計画も含めてコンサルタントの価値が提供できるのはここ」(小松氏)
「道路を設計する場合でも、線形設計だけでなく、橋梁技術者としての知見こそ、これからのコンサルタントには求められる」(松村先生)
土木学会の橋梁デザイン小委員会でもご一緒している小松さんの力強い言葉に、建設コンサルタントの応援者としては是非そうあってほしいと強く思います。
また松村先生のおっしゃる通り、計画にかかわるエンジニアは、専門性と視野の広さを持ち合わせる必要があると思います。そういう人材が育つよう大学での教育を考えていかなくてはと気持ちを新たにしました。
『橋の計画と形式選定の手引き』をより活かすための3つの作業提案
座談会の記事を読んだ後で『橋の計画と形式選定の手引き』を読み込んでいくと、目指すべき橋梁予備設計に向けて、上記で取り上げた内容を含め、さまざまな箇所で工夫が凝らされていることがわかります。
とくに3章では、従来と本手引きの検討プロセスの違いがフローチャートでわかりやすく示されています。なかでも重要だと思うのが、検討に必要な条件を丁寧に設定することが求められている点です。
これをきちんと行うことで、適用支間長としては候補になったとしても、架橋地固有の条件や設計コンセプトに合致していないことを理由に候補から外すことが可能になります。機械的なルーチンワークになりがちだった従来の方法とは異なり、本手引きを用いることで、目指す橋の姿を見据えながら橋の形式を絞り込める可能性が高まったと感じます。
図-1 従来の検討プロセス(左)と本手引きによる検討プロセス(右) 3)
(出典:『橋の計画と形式選定の手引き』)
その上で、手引きで示された橋梁計画をより有効に進めるためには、下記の2つの作業を組み込むことが重要なのではと感じました。
ひとつめは、検討に必要な条件を丁寧に設定した後で、それらを設計方針としてまとる作業をおこなうことです。
ふたつめは、上記の設計方針の検討と並行しながら、まずはどのような橋にしたいかを考え、手で側面や断面を描く作業をおこなうことです。
以下、それぞれについて詳しく述べていきます。
提案1:橋の基本方針をまとめる
手引きの5章には、「橋の計画と形式選定では、どのような方針でそれを行うか「前提条件」を明確にし、施工・景観・維持管理等に関する「架橋位置特有の条件」を設定することが重要」だと述べられた後で、それぞれの項目ごとに整理事項が示されています。
手引きには、本連載で紹介した、まちづくりの観点からの条件は残念ながら詳しく述べられていないのですが、それらも含めると、整理事項はかなりのボリュームになります。そのため、表に整理するだけだと、設計への反映も難しいですし、後工程で参照した際に、条件と計画内容の関係がわかりにくくなる可能性が高そうです。
そうしたことを避けるために、条件を整理した後で、設計者と行政担当者で議論し、それらに重みづけをおこない、設計の基本方針としてまとめることを提案します。
その参考例としてご覧いただきたいのが、本連載でも何回か取り上げている新大橋(島根県松江市)の予備設計時に作成した基本方針です(図-2)。設計チームと県の担当者で構成された設計WGで議論を重ね、予備設計の早い段階で方針案を作成し、景観検討委員会やパブリックコメントを経て「新大橋整備基本方針」として公表しました。
図-2 新大橋整備基本方針(島根県)4)
新大橋の基本方針は、テーマ・コンセプト・設計方針の3つの項目で構成されています。
テーマは、補足する説明文もつけ、どのような橋を目指すのかを平易な文章で記しています。コンセプトは、テーマを達成するために大切にすべき項目を3点にまとめ、設計における重要な柱としています。
そして設計方針は、コンセプトを具体化するにあたって留意する点を、①全体方針、②橋梁本体のデザイン、③橋上空間のデザイン、④橋詰のデザイン、⑤市民参加のデザインに分け、こちらもできる限り平易な文章でまとめています。
基本方針を作成した理由は、予備設計はもちろんのこと、その後の詳細設計や施工といった後工程のどの段階でも立ち戻って、何を大切に設計すべきなのかを確認できる資料を作っておきたかったからです。玉越さんのご発言にもありましたように、当時の設計意図を明確にしておくことで、その意図を後工程に伝えることができますし、状況の変化によって変更しなければいけない場合にも、意図を引き継ぐような変更の仕方を考えることができます。
基本方針とその後の検討がどのように関連しているのか、その一部分をお見せします。図-3では基本設計の設計方針と橋梁計画の検討項目の対応関係、図-4では検討項目のうち側面の形状について、設計方針に基づき比較していることがおわかりいただけると思います。
ちなみに、島根県では、新大橋景観検討委員会の資料はすべて県のホームページで公開されています。ご興味のある方はぜひご覧ください。
図-3 新大橋における基本方針と検討内容の関係(出典:新大橋景観検討委員会資料4))
図-4 新大橋における基本方針と検討内容の関係(出典:新大橋景観検討委員会資料5))
新大橋は、松江の重要な場所に架かる橋ですので、基本方針は景観や都市デザインの観点で構成されていますが、橋の特性に応じて観点を変えれば、さまざまな橋への展開が可能です。
例えば、生活道路として必要ではあるが利用者もそれほど多くないため、できるだけ低コストで維持管理費用も抑えたい橋。あるいは、地滑りのリスクが少なからずあり、橋が損傷すると地域が分断されてしまう橋。両岸の賑わいをつなぎまちに回遊性をもたらすことが求められる橋。自然豊かな場所で、できるだけ地形の改変を抑える必要がある橋。もちろんひとつの橋に複数の観点が重なることもあると思います。こうした観点をコンセプトとしてまとめ、それを具現化するための設計方針を追加すると、条件と計画内容がリンクした基本方針を作成できると思います。
大切なことは、この橋では何を重視して設計するのか、設計者と行政担当者が議論してきちんと意思決定し、基本方針として明文化することです。
久保田先生が座談会でおっしゃった「機械的なルーチンワーク」、僕もこれまで何度も同じことを感じてきました。そうした予備設計の資料には、比較表は載っているけれども、設計者や行政担当者がどのような思いで設計したのかが書かれていないのです。だから機械的なワークに見えてしまう。
玉越さんがおっしゃるように「計画は正解のないことについて検討し意思決定すること」です。設計者や行政担当者の勝手な思い込みで決定されるのは困りますが、設計者や行政担当者の思いを反映するのが「計画」の本質でもあります。誰がやっても同じ計画になる必要はないのです。議論を尽くして決める、そうすれば必ず一定の共感が得られるはずです。
ちなみに新大橋では、基本方針をパブリックコメントにかけたのですが、700名を超える方から回答をいただき、「とても共感できる」、「概ね共感できる」を含めると、9割以上の方から共感が得られる結果となりました6)。
基本方針は、市民の皆さんや、関係機関や議会などさまざまな場面での説明資料としても活用できます。
共感いただけた方、ぜひ次の予備設計から実践してみませんか。