インフラ未来へのブレイクスルー -目指すは、インフラエンジニアのオンリーワン-
④便利さの裏側に何かが失われている ‐ 進歩とは必ず改善を意味するものではない ‐
2.『技術者倫理』
私は昨年の4月に、長きにわたって勤務していた社会基盤施設関連の仕事を発注する組織から、それを受注する組織へと転職した。多くの人が私に対して、「何を今さら仕事を変えて、何時まで働く気なの!!髙木さん」との声や「えー、転職!髙木さんの趣味は仕事?趣味の無い人は可哀そうだね~」などの声に交じって、「これからは髙木さんとは甲乙の関係となる可能性があるから付き合えないな~ 止めればよかったのに民間企業への転職なんか」と冷ややかな発言を耳にすることがある。
確かに、私が今までの親方日の丸のような収益を考えたことの無い職員が多い発注者側の組織から、利益を追求し収益の最大化を目指す社員を求める受注者側の組織へと転職したからには当然の発言である。民間企業において他社よりも収益を多く上げるには、優れた技術や他に無い技術を持つことが優位であることに異論は無いが、中には袖の下で業務発注権限を持つ職員を抱き込むことが良いとする考えもある。
例えば、意味合いは異なるが、2003年~2004年、鋼製橋梁工事でK会及びA会と呼ばれていた2つの談合組織に所属していた47社が受注調整を行っていた橋梁談合事件がある。私が記憶している中で、昭和の末の頃にも発注側を抱き込んだ同様な事件があり、発注者側の職員も多く検挙され、組織の信頼を著しく失っている。先に示すような汚職事件が起こる背景は、急速に工事が拡大する時期と逆に、発注量が急速に右肩下がりとなった時期に多発している。要は、自組織の受注拡大を目的として、民間企業が公務員に求められている公平・公正の考えを捨てさせ、私欲に走らせることである。このようなことから、国内外において古き昔からいずれの部門でも、悪いこととは十分に分かっていても欲望に負ける人間の弱みに付け込む『収賄事件』がこの世から無くなることは無い。
私が行政側に勤務していた時には頻繁に「汚職防止研修」を組織の必須として受講させられ、耳にタコが出来るほど「学生時代の友人、同じサークルの仲間などと飲食することは絶対禁止、親子や親族であっても業務の話しは一切しないこと・・・・・」が繰り返し話され、私も講師として話した。また、当該研修には、良く出来た汚職防止ビデオ『転落の構図』、『忍び寄る恐怖』、『割り勘のつもりが』などが必ず放映され、その出来栄えに感心し映像を見入ったものである。公務員の『収賄事件』が発覚する多くは、内部告発によって情報が警察や報道に提供され、捜査を開始する事例が多い。内部告発が横行する行政組織の悪いところを考えるに、上司は部下を信頼していないことが第一に挙げられ、その結果、部下も上司や同僚を信頼せず、内部告発が頻繁となる。何を行うにも「人を疑って見る」では、組織で最も重要な信頼関係の構築は不可能である。
確かに民間企業に勤めてみて感じることに収益第一主義が絶対であり、社会貢献を優先したくても一定の収益が無ければ組織が成り立たず、社会貢献は到底無理、との結論となる。また、民間企業で働いていると、「綺麗ごとばかりでは飯は食えぬ」の世界を実感することがたびたびある。だからと言って、「お金を使ってでも権限を持つ人を味方に付けて収益をあげることを優先し、倫理に違反する行為は止む無し」としている訳ではない。しかし、発注側・受注者側に公平・公正の考えが行き過ぎとなると、互いの関係がギクシャクして業務遂行がスムーズにいかない。
私は大学で写真-3に示す『技術者倫理』の授業を11年間に渡って受け持っていたが、15回の講義で私として何を教え、求めるかを四苦八苦し、学生の成績を付ける時には、『技術者倫理』で求めたことが聴講生が理解し、悪の道に走ることが無くなったのかについて自問自答したことがある。
写真-3 技術者倫理講義表紙
私個人としては、一企業の儲け主義に応じる職務を行うつもりもなければ、企業からそのような要望があってもそれに従う気はさらさらない。私を取り巻く人々が、転職した私に対して考え方を変えるのは自由であるが、私としては公平・公正順守の方針を曲げるつもりも無いし、肩書は変わっても考え方、行動は同じであることから、読者の方々もこれまでと変わらぬお付き合いをしていただきたい。
3.便利さの裏側には何かが失われている
さてここで今回の話題提供、私の専門とする橋梁の点検・診断業務について話をしよう。
今年の春、国から現在3巡目に入った道路橋の定期点検について点検要領の改訂が公表された。改定の理由は、2巡目が完了した定期点検の実施過程、結果や専門家の意見を受けての改善である。今回の定期点検要領改訂の趣旨を以下に示す。
1. 点検精度の向上
・特定事象の明確化
耐久性状上確保において、特に必要な特定事象として、疲労、塩害、アルカリ骨材反応、防食機能の低下、洗堀の5項目を明記し、活荷重、地震、豪雨等の被災事象となる可能性を想定することによって、健全性の診断区分のバラツキを抑え、より正確な診断を可能とする。
・非破壊検査の活用促進
打音検査や超音波探傷など、構造物を傷つけることなく内部の状態を把握できる非破壊検査の活用を促進し、より詳細な評価を可能とする。
2. 点検の効率化
・点検間隔の見直し
道路橋の劣化状況や交通量などを考慮して、点検間隔を合理化することで、効率的な点検実施を促す。
・ICT技術の活用
ドローンや3DレーザスキャナーなどのICT技術を活用することによって、点検作業の省力化とデータの可視化を図る。
3. 技術的助言の充実
・専門家の参画
点検結果の評価や措置の決定に、より専門的な知識を持つ技術者の参画を促すことで、より適切な判断を可能とする。
・技術基準の明確化
点検結果に基づいた補修や補強などの措置に関する技術基準を明確化し、適切な維持管理の実施を促す。
国は、今回の改定を進めることによって、道路橋の安全性向上、維持管理の最善化、社会インフラの持続可能性の向上となると示している。
2巡した定期点検結果から言えることとして、精度が悪い理由は、➀点検・診断技術者の経験やスキルの不足が第一である。これは、点検を担当する技術者の熟練度や経験値に大きなバラツキがあり、地方の場合は特に、技術者不足から主権的な判断とならざるを得ないことにある。また、評価基準が十分に標準化されていないことから、異なる技術者が異なる判断を導く可能性が高い。我が国の社会基盤施設の定期点検実施において、最も重要なことかもしれないが、点検頻度と予算制約がある。定期点検の予算や人的リソースが限定的で、十分な時間をかけた調査が困難であり、劣化が進行する前に早期発見できないケースが多々ある。国は写真-4に示すXROADの活用を推奨しているが、DX化が進む中、点検データが適切に保存・分析されず、次回点検や予防保全に活用できていないことがあげられる。
写真-4 XROAD:国土交通省
また、定期点検の診断において、どのような状態となる可能性があるのかを推定し、以下に示す観点を総合的に評価して決定することを推奨している。
➀今後遭遇する状況下で、どのような状態となる可能性があるのか?
➁その様な事態に対して、どのような機能を期待するのか?
③どのような道路機能への支障や第三者被害の恐れがあるのか?
④効率的な維持や修繕のために、いつどのような措置をするべきなのか?
➀~④までを適切に行い、予防保全対策を効果的に行うことが出来れば事故発生の確率は極めて低くなると考えられ、これまでの定期点検の課題をかなりの確率で解消できると思える。
さてここで問題となるのは、先に示したSNSと同様に、ICT化、機械化が進むことによる弊害を考える必要がある。例えば、点検作業の効率化を目的として、点検項目や内容、診断記述が過度に簡素化され、専門的な知識や経験が不可欠な部分が見落とされる可能性が想定される。最悪、「人間は道具に支配される」状態となるのではと危惧している。
また、道路橋以外の施設点検が義務化されたことによって、経験豊富な専門家が不足し、未熟な人材による点検を行わざるを得ない状況となる可能性もある。さらに、現状でも多くの人が口にし、問題化している点検資格取得の民間機関別のバラツキや資格取得が容易と判断される点検及び診断の民間資格があり、その結果、専門性の低い担当者でも点検業務に従事することが可能となることなどがあげられる。
表-1に令和6年度の公表された国土交通省登録資格数を示すが、公共工事に関する調査及び設計等の品質確保に資する技術者資格数が何と389資格、維持管理分野で293資格である。道路橋だけで129資格であるが、これだけ多くの資格認定組織があると思うと、資格者の技術レベル確保は非常に困難、嫌、無理である。
表-1 国土交通省登録資格数:令和5年度
また、今回の改定で強化された専門家の参画である。道路橋をはじめとして社会基盤施設の専門家とはどのような技術者なのか?いたずらに各組織が認定学識経験者を求め、右往左往するのではと思う。全国に点在している橋長2.0m以上、土被り1.0m未満の道路橋の点検を実務で行っている人々の多くは専門技術者ではなく、構造も変状も、そして変状の進展も予測できない現場担当者である。国が理想としている専門技術者による点検・診断実施とは全く異なった現状をどのように理解し、解決策として提案し遂行するのか私は大きな疑問を持って見ている。また、専門家とはどのような専門技術者をイメージしているのかも理解できない。
課題は課題として、適切な専門家の質を確保する対策として考えられるのは、経験豊富な専門家の早期育成があげられる。若手技術者や担当者に対するOJTや座学研修など、経験豊富な専門家(先の専門家と同様か?)による指導体制を強化、確立する必要がある。
資格制度の厳格化も必要である。従来の民間組織にゆだねている資格制度の資格取得要件を厳格化し、専門性の高い人材のみが点検作業に従事できる仕組み作りが必要である。さらに、定期的なスキルアップも必要である。点検技術者に対して、定期的なスキルアップ研修を行い、常に最新の知識を習得できる環境づくりが必要である。最後に外部専門家の活用もプラスに寄与する。必要に応じて、外部の専門家を招聘し、点検結果の評価や技術的なアドバイスを受ける体制の構築があげられる。
以上、昨年に改定された定期点検について私見を述べた。ICTや最新機器を使うことに反対はしない。しかし、注意が必要なのは「進歩とは必ずしも改善を意味するものではない」、また安全・安心を確保するために必須の点検業務が「木を見て森を見ず」状態となることが最悪である。