高専発、インフラメンテナンス人材育成・KOSEN-REIM(高専レイム)の挑戦

高専発、インフラメンテナンス人材育成・KOSEN-REIM(高専レイム)の挑戦
2025.01.01

第5回 高専の役割、KOSEN-REIMの役割

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日本のインフラを守る技術者たちの挑戦 技術をもって社会の発展に貢献する ホイールローダ遠隔操作システム Tunnel RemOS-WL

インフラ長寿命化問題

 一連の研究活動を行う中で、インフラの耐久性すなわち長寿命化に向けた研究とその成果の社会実装の大切さに触れました。

 2012年の笹子トンネル天井板落下事故は点検・診断の重要性に気づくきっかけになったと言う声も聞かれますが、既に1980年頃からアメリカでは供用期間が50年を超えた橋梁の崩落事故等が報道されており、すでに警鐘は鳴らされていました。日本ではアメリカより30年遅れてインフラの建設が加速していますので、学者からすれば想定通りの劣化現象が日本でも起き始めたということになります。

 人々の安心安全を確保するためのインフラが劣化によって人々の命を奪うという、まさに人災とも言うべき決してあってはならない事故を防ぐためにも、予防のためのシステムが必要であり、そのために人材の育成や確保は欠かせません。この点、第2、第3の笹子トンネル事故を防ぐためにも、国家プロジェクトとして位置付けるべき課題です。

 ただ、インフラの長寿命化という問題は、とても奥の深いテーマで様々な角度から研究が必要です。もちろん研究成果を社会実装する際には、コストを考えなくてはいけませんが、このコストについても、考え方は単純ではありません。

確かな「モノ」創りで社会インフラの長寿命化に貢献する 鉄に寿命を与え、社会インフラを支える 鉄に寿命を与え、社会インフラを支える

インフラ長寿命化に関する研究

(1) 耐久性能に関する研究

 コンクリート構造物の耐久性を設計段階で考える場合、前提条件として供用期間が定められ、この間の性能を満足することが求められます。例えば、最近の話題では、先般、高浜原発1号機が50年を超えて運転することが認められましたが、原発の場合、供用期間は原則40年です。40年を超えた場合には国からの認可が出れば1度だけ20年の延長が認められることになっていて、50年を超えて運転する場合には劣化状況を考慮した管理方針を策定することが義務となっています。

 耐久性の研究は、土木学会コンクリート標準示方書(以下、示方書)でも、設計編、施工編、維持管理編などに見られるように様々な観点から行われています。いずれの示方書にも「長寿命化」という言葉の定義はありませんが、設計編においては、塩化物や水分の移動まで考慮して照査する解析手法も示されていますし、施工編でも「コンクリートは、劣化に対する抵抗性を有しなければならない。」と謳っています。また、2001年から発行されている維持管理編は、コンクリート構造物の長寿命化に係る研究の成果をもとに、点検、診断、予測等について学会としての考えを示しています。

(2) 長寿命化対策

 こうした学術成果をもとに、実構造物の長寿命化対策を考えますが、要は、まず、新設構造物の設計、施工段階で耐久性の確保を行い、次に維持管理の段階では、出来上がった構造物を点検・診断し、その時点での性能を評価して、今後の劣化予測を行うという流れになっています。つまり、コンクリート構造物の長寿命化は、①新設時の設計・施工段階と②維持管理段階の2つのポイントで行う必要があるということになります。

 山口県がひび割れ問題に対してアプローチしたのは、まさに新設時の品質確保でした。

  一方で、笹子トンネル事故の後、2014年に国交相から道路構造物を対象に5年に一度の点検を義務付ける省令・告示が出され、維持管理の重要さが社会でも広く認識されました。道路構造物を点検し、橋梁長寿命化計画を策定するなど計画的に維持管理することで長寿命化を図る作戦です。私も県内市町のインフラ長寿命化計画の策定について相談を受けたり、点検・診断について講話をしたり、そして、地元の橋守活動に参加させていただいたりしました(写真8)。

 

写真8 橋梁点検の勉強会の様子(周南市にて)


 

(3) 点検の重要性

 KOSEN-REIMのインフラメンテナンス人材育成事業は、維持管理の枠組みの中に入るものです。人材育成という言葉は、土木学会の維持管理編には出てきませんが、土木学会では「社会インフラ維持管理・更新の重点課題検討特別委員会」が平成27年の全国大会で研究討論会(KOSEN REIMの玉田和也先生も参加しています)で議論するなどしています。

 しかし、我が国では少子高齢化が加速する中で社会全体の就労人口も減少し、建設分野の担い手確保も苦戦しています。この点は各自治体でもご苦労されておられるところですが、学会が示方書や指針を示しても、それを使って点検・診断、劣化予測して長寿命化計画を立てることの出来る人がいなければ、この維持管理による長寿命化作戦は実現しません。

 インフラの耐久性に関わる事故では、往々にして点検が行われていなかったことが指摘されます。しかし、点検は誰でもできるわけではありません。点検、診断、そして、劣化予測を行うには、専門的な知識と経験が必要です。また、インフラメンテナンスの業務は、まさに縁の下の力持ち、地味な業務になり、時に危険な業務になる場合もあります。極めて重要な業務に携わる彼らには、それなりの高いステータスや報酬を準備することも必要です。

 

 ここまでの話をまとめると、インフラ長寿命化の一つめの作戦は、これから建造する新設構造物については、長寿命化を意識した初期投資をきちんと行って、出来るだけメンテナンスにコストが掛からないようにすることです。しかし、一方で既に建設した構造物があります。国土交通省の「社会資本の老朽化対策情報ポータルサイト インフラメンテナンス情報」によると2040年には、道路橋(約73万橋)の約75%、トンネル(約1万1千本)は約53%、そして、港湾施設(約6万1千施設)では約66%が50年以上を経過した構造物になります(参考1)。これらの構造物の安全性を計画的に確認して対策を講じると言うことが二つ目の重要な作戦になります。したがって、これに対応する人材が必要なこと、そして、その人材を育てる教育のための仕組みや費用が必要なことは、国民の理解も得られるところかと思います。インフラの劣化問題は、人間の寿命より長い時間でゆっくりと進行するので、茹でガエルの話のように、気づいたら手遅れだったということにならないようにしないといけません。

 

参考1:国土交通省_インフラメンテナンス情報

https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/maintenance/02research/02_01.html

 

(4) アセットマネジメント

 実は、このようなインフラの維持管理に関する話は、当初アセットマネジメントとして始まっています。青森県の道路課はおそらく最も早くからアセットマネジメントに取り組んだ自治体組織です(参考2)。そこでは、2002年に国交省が設置した「道路構造物の今後の管理・更新等のあり方に関する検討委員会(委員長:岡村甫高知工科大学学長(当時)、KOSEN-REIMの西川理事長も委員として参加しています。)」から発表された提言の第一項目「アセットマネジメント導入による総合的なマネジメントシステムの構築」の中に出てくる『道路を資産としてとらえ、道路構造物の状態を客観的に把握・評価し、中長期的な資産の状態を予測するとともに、予算的制約の下で、いつどのような対策をどこに行うのが最適であるかを決定できる総合的なマネジメントシステムの構築が必要である。』という言葉を具現化すべく、アセットマネジメントに取り組まれました。この中でも、「必要な専門技術者のレベルと数」が課題とされています(参考3、図2)。

 

参考2:青森県_アセットマネジメントとは

https://www.pref.aomori.lg.jp/soshiki/kendo/doro/kyouryou-asset-1.html

 

参考3:国土交通省_道路構造物の今後の管理・更新等のあり方に関する検討委員会

https://www.mlit.go.jp/common/000986137.pdf

 

図2 道路構造物の今後の管理・更新等のあり方 提言(p.8)

インフラにかかるコストの観点

 私は、インフラに係るコストについては、以下の3つの観点が大切と感じています。

 1)負の遺産を残さないということ

 2)インフラを整備することによる経済効果と経済的負担は、現在と未来で出来るだけ平等に分かち合うこと

 3)新設から供用期間までトータルでライフサイクルコストを考えること


     

    (1)コストの観点1「負の遺産を残さない」

     人は、構造物を新設するときには、その寿命は永久のように感じてしまいます。若者は自分の命に寿命があることを忘れて暴走します(話がそれました)。しかし、全てのものには寿命があります。したがって、構造物は設計条件として供用年数が定められています。

     しかし、原発の例にも見られるように、供用期間中にその性能を落とさないように管理していれば、設計で定めた供用期間が来ても「まだ使えそう。」という気持ちになります。家庭で使う日常品なら値段も知れていますが、それでも“もったいない”の気持ちが働くわけで、まして数億円も掛かるインフラであれば尚更でしょう。

     確かに、出来るだけ長く使うことが経済的であることは間違いありません。しかし、そこには「安全に」という絶対外してはいけない前提条件があります。

     この「安全に」を確かなものにするための仕組みを用意してこその長寿命化です。人でも健康寿命というのがあります。インフラ構造物こそ健康で長持ちさせないと、まさに、負の遺産を子孫に残してしまうことになります。

     

    (2)コストの観点2「インフラを整備することによる経済効果と経済的負担は、現在と未来で出来るだけ平等に分かち合う」

     こちらは、建設業界よりもっと上流の政治的経済的な検討が必要になります。話題がメンテナンス人材育成から、この国の未来まで考えようという大きなスケールになってしまいますが、話は全て繋がっています。

     安全で平和な社会を築くという課題に対して、当たり前の話ですが、建設業界は国の政策に基づき配分された予算で構造物の新設や維持管理、長寿命化に取り組みます。

     負の資産を子孫に残してはいけません。しかし、現在の人の負担の大きさも適切でないといけない。つまり、国はインフラを整備することによる経済効果と経済的負担を、現在と未来で出来るだけ平等に分かち合うことを試算しながら、政策を行う必要があります。

     未来社会の予測は、人口予測、技術の進歩に基づく予測、地政学的な予測等々様々な観点から行う必要があります。先進国では唯一、人口減少が起きている中で、また、不穏な世界情勢の中で未来を予測しながらの政策決定は極めて難しいと思います。しかし、その中で建設業界として何を大切にするのか、未来を見据えつつ足元から考え、今、取り組んでおかなければならないことを着実に行うことが大切です。“人材育成”は、長岡藩の米百俵の話のように危機管理の根本ですが、本当は危機が来てから取り組んだのでは遅く、リスク管理のように平和な時代こそ、予防的観点から人材育成教育に取り組んでおかなくてはいけない、とみんな分かってはいるとは思いますが、なかなか実行が伴わないのが人間社会です。

     

    (3)コストの観点3「新設から供用期間までトータルでライフサイクルコストを考える」

     ライフサイクルコストの話も、自治体(発注者)の皆さんはイメージではわかって入るけれど、なかなか初期投資に踏み切れません。結果、当初予算が限られているので、維持管理で長持ちさせようとします(図3)。また、発注者の仕組みとして新設担当部署と維持管理担当部署が分かれており、予算も別々に考えます。担当者も2年ないし3年で移動します。そのような仕掛けしなければ良くないことが起きることも背景にありますが、どうしても、ライフサイクルコストのように長期的な視点で物事を考えることが難しく、ルーチンワーク以外の新しい仕組みを思考する組織や人になりにくいといったことも課題です。

     

    図3 ライフサイクルコストのポンチ絵


     

     田中角栄元首相が著した「日本列島改造論」の復刻版が発売されています。この当時の大胆な政策は確かに日本を発展させました。角栄氏らは本当に良く研究しており、本質的な政策を実行していると感じます。私たち現代の国民は、広くこの当時の政策の恩恵を受けています。ただ、当時、インフラの耐久性や長寿命化という観点での政策や研究はほとんどなされなかったと思います。イケイケどんどん、品質は二の次ということはなかったと思いますが、とにかく、工期短縮、竣工の速さ(記録更新)を競っていた時代でもあったようです。

     1964年のオリンピックに間に合うように建設された我が国の交通インフラを代表する新幹線関連構造物においても、1970年代の延伸工事では、十分な品質確保がなされていなかったことのレポートも見られます(参考4)。先人たちは確かに世界が目を見張るスピードで戦後の復興を成し遂げ、世界に冠たる豊かな国を築きました、しかし、今の日本は、課題山積です。建設について言えば、インフラメンテナンスフリー神話という心理が働いていたのでしょうか。

     

    参考4:道路構造物ジャーナルネット(連載)_山陽新幹線コンクリート構造物維持管理の20年を振り返って

    https://www.kozobutsu-hozen-journal.net/series/22514/

     

     確かに、東日本大震災で東北地方のインフラが崩壊した際には、仮設住宅に多くの方々が住まう中で、復興工事が急がれました。

     我々土木学会のメンバーが「品質確保も大切にしないと短期間に多くのインフラが劣化してしまいます。」と伝えましたが、当初は、「話は分かるけど、まずは、復興が急がれます。」のお返事でした。しかし、少し落ち着いてきたところで、また、復興を加速するために釜石市に設置された南三陸国道事務所の所長に着任された佐藤和徳さんは「これまで多くの道路構造物が短期間に劣化する様子を見てきました。今まで通りに造っていたのでは、短期間に一斉に補修が必要になってくることは十分に予想されます。ぜひ、品質の良い構造物を残したいと思います。」と、学会と連携して品質重視で復興工事を進めることを判断いただきました。2022年には、総延長540kmの復興道路網が完成し、現在は、耐久性も考慮した見事な構造物がまさに威風堂々と立ち並んでいます(参考5)。これらの構造物の100年後が楽しみです。

     

    参考5:東北地方整備局ホームページ

    http://www.thr.mlit.go.jp/road/fukkouroad/

     

     ここまで、インフラ長寿命化をめぐる我が国の課題など述べさせていただきましたが、それでも直近の我が国のGDPは世界4位(国民一人当たりのGDPは37位)、まだまだ豊かな国であり、今、気付いたところで“大切なところ”に手を打てば、巻き返しも可能です。

     インフラメンテナンス人材の育成は小さな一手ですが、その“大切なところ”に打つ手の一つであり、大きな経済効果を生み出すために欠かさせない、まさに国策として打つべき一手だと思います。

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