Interview

IHによる鋼構造物の防食塗膜剥離施工に関する特徴と課題

2025.01.01

温度環境に左右されない、厚膜でも一気に掻き落とし、粉じんも発生しない

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2025年新春インタビュー IH塗膜剥離 鋼橋 防食
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>廣畑 幹人氏

土木学会 鋼構造委員会
防食塗膜剥離における高周波誘導加熱の利用に関する調査研究小委員会
委員長(大阪大学大学院 准教授)

廣畑 幹人

 土木学会鋼構造委員会防食塗膜剥離における高周波誘導加熱の利用に関する調査研究小委員会は、令和 2 年 4 月から令和 6 年 3 月まで活動を実施した成果である報告書「高周波誘導加熱による鋼構造物の防食塗膜剥離施工技術」に基づいた報告会1月14日、東京四谷の土木学会講堂で開催(https://committees.jsce.or.jp/steel/node/191)する。旧塗膜の除去方法として近年注目されている高周波誘導加熱(High frequency induction heating,通称 IH)に焦点を当てて調査・研究したもの。IHは誘導加熱の原理を利用して鋼材の表面近傍を発熱させ、塗膜の付着を低下させ剥離する方法で、厚膜を有した既設塗膜も一気に掻き落とせることや、施工現場の気温に施工が左右されないこと、粉じんなどが生じないことから、橋梁でも近年は、年間10万㎡程度の施工面積に至っている。一方で、IH による塗膜剥離は、比較的低温(200℃程度)とは言え、鋼材を加熱するため、適切な条件で加熱しなければ耐荷性能に影響を及ぼす変形や応力の発生が懸念され、適切な温度管理を行わなければ塗膜を剥離するための温度を超過して鋼材の機械的性質を変化させる可能性がある。そうした課題に対してどのように配慮していくのか、報告書の内容などについて廣畑幹人委員長(大阪大学大学院准教授)に詳細を聞いた。(井手迫瑞樹)

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高い安全性と効率性を有する工法

高い安全性と効率性を有する工法

 ――今、どうして塗膜剥離が必要なのか、論じてください

 廣畑委員長 現在、(ストックホルム条約などで廃棄期限が迫っている)PCBや、有害物質として規定されている鉛が含まれる塗膜を除去するには、施工時の高い安全性が求められています。また、塗膜除去時の産廃の量が増加すればその分コストが上がるため、できるだけ産廃量を減らす努力も求められます。塗膜剥離剤もブラストも、安全性の面では前者は化学物質を使うため、後者は施工時に粉塵を伴うため配慮が必要です。

 加えて、既設塗膜が厚膜な場合や、低温下での施工を余儀なくされる場合は、既存の塗膜剥離剤による施工では多大な時間を要してしまいます。

 高周波誘導加熱(以降、IH)は、それらに対して高い安全性と効率性を有します。そのため、その利用に関する新技術を促進すべく、調査研究を行ったもので、その成果を1月14日に東京で講習会を開いて説明すると共に報告書を出版して、広く知らしめていきます。

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目的は様々、用途ごとに団体

作業員の安全性確保と構造物への悪影響を阻止する施工が必要

 ――IHといっても、施工団体は大規模な装置を使う団体が2団体(IH式被膜除去RPR工法、IH塗膜除去工法(メーカーとしてはRPR Technologies、島田理化工業、第一高周波工業など))、さらに比較的小規模な装置を使って、小規模補修の際の塗膜剥離や塗膜成分調査のための塗膜剥離に用いている団体が1団体(IH式塗膜剥離技術協会(エレクトロリムーバー))、添接部のボルトの塗膜除去などに特化した塗膜剥離技術(ヒートレッドM-1)などがあります。用途も装置も違いがあるわけですが、これをどのように「IH」としてまとめたのでしょうか

 廣畑 仰る通り様々な特徴を有した団体があります。各団体とも各々ルールを作って施工してきた歴史もあります。とりわけ温度の管理方法や加熱位置、施工順序などの条件が各団体で異なっています。但し、いずれにせよ、施工の基本方針として作業員の安全性確保や構造物に悪影響を与えないような施工を行わなくてはならないということは共通しています。

 この基本方針の下で適切な施工方法を提示するためにも小委員会で情報収集や団体間の合意形成を図りました。


JR西日本とジェミックスによる作業状況



横河ブリッジとコジョウテックスも共同で独自のIH塗膜除去装置を開発している。
これらの会社も小委員会に参画した。


 ――合意形成はどのようなものですか

 廣畑 ある程度、統一的な施工指針があった方が良いと考えます。特に安全性を考慮して最低限の守るべき注意事項を作るべく調査を進めています。

150~200℃が適切な温度

無機の下地は除去できない

 ――そもそもIHというのは何度くらいが適切な温度なのでしょうか

 廣畑 剥離のためであれば、150~200℃です。塗膜の種類にもよりますが、フタル酸系であれば150~170℃でよく、エポキシ系、特に変性エポキシ系を用いている場合は約200℃の温度が必要です。なるべく作業員は早く塗膜を剥離し、次工程に移りたいわけで、効率的かつ、安全に塗膜が除去できるように試験施工で事前にキャリブレーションを行っておくことが大事です。

 ――温度設定が広く感じますが、これはどのように考えれば良いですか

 廣畑 鋼材や塗膜厚に拠ります。板厚が厚いほど裏面の塗装への影響が少なくなります。一時的な温度より、温度を加え続ける時間が長すぎると、裏面の塗装劣化が生じたり、鋼材に急激な温度変化による力を加えてしまったりするので、一か所あたりの施工時間を長すぎないようにすることが大事です。

 ――現場によっては塗り重ねにより膜厚がmm単位になっている個所もあります。また、MIO塗料や鉛丹などを含む塗料は塗膜剥離剤などでは浸透に時間がかかり、さらに剥離剤の塗り重ねや掻き落としを複数回繰り返さねばならない現場もあります。IHではどうですか
 廣畑 下塗りは種類によって残るものもありますが、それ以外は、膜厚が厚くても基本的にはIH装置で1回加熱すればスクレーパーで掻き落とすことができます。下地が無機ジンクリッチペイントないしは鉛丹など無機もしくは樹脂成分が少ないものを用いている場合は取りにくいことは確かですが、IHは下地処理まではできず、最終的にはブラストで素地調整しなくてはいけませんので、そのブラスト施工時にこうしたIHで除去できない塗膜については、除去するということになります。それでも施工スピードや有害物質の量は既存の工法と比べれば飛躍的に速く、少なくなると言えます。


IH施工事例(温度計測および変形量測定)

IH施工および掻き落とし施工状況

除去された塗膜

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