Interview

土木研究所 RC床版用長寿命化支援AIシステムを公開

2025.01.28

今後も橋梁の各部材の診断AIを順次公開

Tag
AI 床版
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>石田 雅博氏

国立研究開発法人土木研究所
構造物メンテナンス研究センター (CAESAR)
橋梁構造研究グループ長

石田 雅博

 国立研究開発法人土木研究所は、RC床版の長寿命化を支援する AI システムを公開した。(https://www.pwri.go.jp/caesar/activity/research/40-diagnosis-support-technology/ai-system.html)。2018 年より、道路橋の診断を支援する AI システムの開発を官民共同研究で進めてきた成果物で、診断の根拠を出力可能なエキスパートシステムにしたことが特徴である。形式知だけでなく、熟練技術者からのヒヤリングに基づいた暗黙知をふんだんに入力しており、診断の精度向上と論理的な説得力を有する診断結果が出ることで、維持管理の効率性と確実性を向上させることができる。RC床版を最初に公開するシステムとしたが、今後も橋梁の各部材の診断AIを順次公開していく予定だ。その採用について石田雅博・構造物メンテナンス研究センター 橋梁構造研究グループ長に詳細を聞いた。(井手迫瑞樹)

IOT 橋梁モニタリング 中橋 コッター床版工法

橋梁診断支援AIシステムを開発

橋梁診断支援AIシステムを開発

一連の情報を「診断セット」として体系的に整理

 ――橋梁構造物のエキスパートシステムを用いた各部材の診断AI開発の経緯について教えて下さい

 石田 今ほど、あらゆるインフラの予防保全が非常に重要になってきている時代は、我が国においてありませんでした。道路もその例に漏れず、非常に古い橋梁が増えてきて損傷も顕在化しています。一方で人口減少も進み、メンテナンスの担い手不足が今後ますます悪化していく傾向にあります。構造物の点検、診断を支援する技術が必要であると考え橋梁診断支援AIシステムというのを開発しています。


予防保全によるインフラの長寿命化の必要性(土木研究所提供、以下同)

橋梁診断支援AIシステム


 最終的には技術者が判断をすることになります。単純に診断区分を出すということではなくて、技術者を支援するためにその損傷メカニズムがどういうものなのか、そしてそれを診断するためには、どういう情報が必要なのか、点検でどういう情報を得る必要があるのか、メカニズムの中でどういう段階にあるのか、予防保全ができる段階なのか、あるいは緊急に措置をしなければいけない段階なのかというところを、きちんと文章で説明し、技術者を支援するシステムを構築しています。

 ディープラーニングでは、そうした「説明を行う」ことができず結果を示すことしかできません。過程がブラックボックスになってはだめで、技術者がその損傷状況を判断するためには、どういう理由で損傷や劣化を起こしているのか、ということをきちんと示し、説明する必要があるということで、エキスパートシステムを用いたAIでこのシステムを構築しています。

 共同研究は平成30年から実施しています。研究者の中には建設コンサルタントだけでなく、橋梁調査会や、茨城県、富山市などの公的機関、IT企業も入っています(下資料)。その中で診断セット検討会というものを設け、熟練技術者の方々を含めて検討しています。


 損傷のメカニズムから、診断に必要な点検の仕方および情報、損傷段階の診断材料、補修補強するための措置方法。こういう一連の情報を「診断セット」として体系的に整理をし、診断結果を文章で出力できるようにしています。


RC床版の診断セット例

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RC床版AI 一般部の損傷内容は4区分、張出し部は5区分に分けて示す

損傷メカニズムは損傷内容ごとに5~7種類に分けて整理

 ――診断セット検討会の「措置方針」というのは直す方法だけでなく、撤去などアセット的な感覚も加味しているのですか

 石田 アセットは取り入れていません。あくまで維持管理するうえでの措置です。予防保全をして長寿命化できる段階なのか、あるいはもうかなり進行していて危機管理の段階なのかというところを示すことは行っています。抜け落ちのリスクが高い場合はその規制をした方がいいという提案はできますが、廃止を伴う撤去などのアセット的な提案は想定していません。

 共同研究で議論した診断セットはホームページで公開していますが、部材損傷ごとに整理をしております。基本的にはメカニズムを紙芝居方式で整理した上で、整理した紙芝居の各段階について対応方針を整理する形で、一つ一つ作っていって、ここからシステムにプログラムしています。


「紙芝居」例


 ――RC床版の損傷については、どのような内容に分けて示しているのですか

 石田 一般部については、①疲労、②土砂化、③飛来塩による塩害、④海砂による塩害に分けています。また、張出し部については①鉄筋の腐食(塩分無し)、②凍害、③土砂化、④飛来塩による塩害、⑤海砂による塩害に分けています。一般部と張出し部の違いは疲労の有無と、張出し部の鉄筋の腐食、凍害で、それ以外の土砂化以降は同じ内容のメカニズムおよびシステムとなっています。

 ――各区分の損傷のメカニズムは何種類ぐらいあるのですか?

 石田 床版の疲労に関して言えば7種類のメカニズムに分けて整理しています。同様に要因にもよりますが、土砂化については6~7種類、塩害については5~7種類、凍害については5種類、鉄筋の腐食(塩分無し)については6種類のメカニズムに分けて整理しています。


RC床版の損傷メカニズム 疲労



 同 土砂化(輪荷重 / 凍害)の損傷メカニズム

同 塩害(飛来塩分/海砂)による損傷メカニズム

同 凍害 / 鉄筋の腐食 による損傷メカニズム


 ――かなり密度の高い内容になっていますね

 石田 床版以外も桁や支承、下部工などでこのような診断セットを作ってきています。ただ、全部揃うまで待っていたら時間がだいぶかかりそうでしたので、まずはRC床版の長寿命化を支援する診断AIについて公開することにしました。本AIについても今後改良していきますし、今後他の部材についても順次、診断AIを公開していきたいと考えています。

 ――開発にはどれくらいの期間かかりましたか

 石田 2018年からですから足掛け6年です。診断セットをまず作った後、システム化して動かしてみては、おかしなところを見つけて修正する、もしくは新たな知見を書き込んでいくということを繰り返し、ようやく公開に漕ぎつけました。

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ルールを作る際に経験の多い人がどれだけ介在しているかが重要

熟練技師者を招聘し、作り上げた診断AI

 ――AIシステムを作る時に必要なのは何といっても信頼できる母データがどれくらいあるかということに尽きると思います。西川和廣(前理事長)氏をはじめとした熟練技術者の知見、インハウスエンジニアだけでなく、橋梁コンサルやPCおよびメタルのファブの熟練技術者の知見も入力されたと思いますが、どれぐらいの母データを今回の開発のために入力されたのでしょうか

 石田 エキスパートシステムですので、基本的にはルールを定めてAIに教えていくものです。ですので、母データの量というより、ルールを作る際に経験の多い人がどれだけ介在しているかが重要になります。そういう視点で行くと、参画しているメンバーは橋梁調査会をはじめ、主要建設コンサルタント会社の熟練の橋梁技術者に参加していただいています。その上で診断セット検討会において皆さんで議論していただいて、資料として作りこんでいます。また、西川前理事長はじめ、招聘研究員として、富山市の参与の植野芳彦さんや、元ショーボンド建設の樋野さん、エスイーの松村英樹さんなどに参加していただいて診断セットを磨き、これまで作り上げてきています。ディープラーニングのように、これまでのデータを入れ込んでいくというようなものではないのです。

 ――実際の使用する際の流れを教えて下さい

 石田 最初に橋梁名や橋梁諸元などを新規入力します。内容を見ると多数の入力すべき項目があるように見え、煩雑にも見えるかもしれませんが、最低限必須なものは黄色く示しており、それらを入力すれば、診断ができるように作っています。


橋梁諸元の入力項目


 ――写真などは

 石田 写真は記録として登録しますが、写真から損傷を自動で読み取るというものではありません。テキストベースで入力したものに対して、推論・推定をするものです。大まかな橋梁の情報を入力した後は、径間ごとの情報を入力していきます。写真も診断したことの証拠として、現地でタブレットを持参して写真を撮って登録できるようになっています。2回目の診断では前回の写真を参照して、状況を比較できるようにもなっています。


システムへの写真の登録


 径間ごとの基本状況を入れた後は、点検結果の入力というものがありまして、そこで床版の変状を記載していくことになります。


点検結果の入力


 「共通」と指示されている項目は全て入力しないといけません。疲労や土砂化と書いてある項目は、より個別の損傷で詳細調査結果を入力する項目です。

 また、損傷状況の写真を撮って登録することも可能です。

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