まちづくり効果を高める橋梁デザイン

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2025.02.17

Vol.5 手を動かし、見て触れて考えるー模型による検討のススメ

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橋台背面の段差を抑制 可撓性踏掛版 人と自然が微笑む社会へ アクアジェット工法
> 二井 昭佳氏

国士舘大学 理工学部 
まちづくり学系 教授

二井 昭佳

はじめに

 みなさま、本年もどうぞよろしくお願いします。

 前回の「比較表って、やっぱり必要でしょうか」は、いつもより多くの方にご覧いただきました。過激なタイトルだったこともあるのでしょうが、多くの方が比較表についてなにかしら疑問を抱いていることの表れだと感じました。

 また、コメントもたくさんいただきました。なかには、同様の課題を感じ、比較表を求めるのではなく、選定した形式や形状について丁寧に理由を記載するやり方に変えたというお話もあり、現場で実践されている方がいることに感動しました。僕が知らないだけで、比較表に頼らない橋梁計画を実践している方が多くいるのではと心強く思っています。ぜひ設計現場でのさまざまな取り組みを教えていただけたら嬉しいです。

 前回の原稿では、あえて比較表の有無を問うタイトルにしましたが、比較自体を否定しているわけではありません。その本意は、「比較表に決めてもらう」のではなく、「まずはここに架けるべき橋を構想し、必要があれば比較しよう」ということにあります。そして、それを実践してくためのアイディアとして、「橋の基本方針をまとめること」、「目指す橋のかたちを描くこと」の2点を提案しました。

 比較表についてはまた改めて取り上げることができればと思いますが、今回は、アイディアの2つめの「目指す橋のかたちを描く」を進める上で、役に立つ「模型」についてお話ししたいと思います。

鋼構造物の再生と環境の調和 循環式ブラスト工法、循環式ショットピーニング工法 価値ある環境を未来に 私たちがもとめるもの それは豊かな未来を支える確かな技術です。

模型と聞くとどんな印象を受けますか?

 博物館や資料館には模型が展示してあることが多いので、模型と聞くと、アクリルの箱に入った展示用のものを思い浮かべる方が多いかもしれません。

 たしかにそれらの模型には、迫力がありますよね。たとえば、東京大学社会基盤学科が所蔵している「永代橋」と「蔵前橋」の模型は、どちらも船舶模型の名人として知られた籾山作次郎さんが手がけたもの1)とされ、その精巧なつくりに圧倒されます。木製で縮尺は1/100です。それぞれ大正15年、昭和2年に製作されたもので、ともに100年以上経過していますが、今もなお美しさを保っています。ちなみに本郷キャンパスの工学部1号館の2階ロビーに展示されています。

 ただ、今回取り上げたいのは、展示用の立派な模型ではなく、スタディ模型と呼ばれる検討用の模型です。自分が確認するため、設計チームで議論するため、打ち合わせで行政担当者も交えて議論するためなど、議論する相手によってラフさの度合いは変わりますが、いずれにしても、設計した後で作るのではなく、作りながら橋のかたちを決め、設計を進めていくものです。そのため、長持ちするように作る必要はなく、できるだけ簡便で、しかし実際の形を確認できるように作ります。


写真1:スタディ模型の例(高尾山口駅前の案内川、当時研究室の大学院生小山祐人くん製作)


 

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土木にこそ模型が必要

 土木構造物は、規模が大きく、整備費用も高額です。さらに橋は、自然風景地から都市までさまざまな場所に架けられ、その場所の風景に大きな影響を与えます。一見単純な形のように見えて実はそうではなく、平面線形や縦断線形、拡幅により形状が徐々に変化する特徴を持っています。そうした変化が、橋全体の印象に大きな影響を与えることも多いのです。

 図面を見れば、ある程度の立体イメージを頭に描くことはできます。ただ、隅々まで正確に?と問われれば、それはさすがに難しいと回答する人がほとんどではないでしょうか。もちろん私もその一人です。ですから模型を作成すると、思いもしなかったことに気づくことがよくあります。それに、頭のなかのイメージで他の方と議論をするのは難しいですが、模型を使えば、指し示したり、削ったり追加したりと、その場で具体的な形を共有しながら議論することができます。

 だから本当は、土木にこそ模型が必要で、僕はすべての設計の仕様書にスタディ模型による検討を含めた方が良いと考えています。実際、検討委員やアドバイザーとしてプロジェクトに関わる場合には、展示用ではなく、検討用の模型作成を仕様に加えてもらうようにお願いしています。

 もちろん、それに必要な対価は発生します。作成するサイズやスケール、数によるので具体的な費用を述べるのは避けますが、展示用の模型に比べれば安いですし、なにより全体の整備費用からみればごくごく少額です。

 いずれにしましても、行政担当者と設計者が、模型という具体的な立体物を見ながら議論し、完成後の姿をきちんと把握しながらプロジェクトを進めることができるようになるわけですから、費用対効果に極めて優れた方法だと断言できます。

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建築に比べて遅れている土木

 ただ残念ながら、土木では模型を用いずに検討することが一般的です。これは、同じ建設分野である建築との大きな違いです。造形という点で土木よりも学生の頃から多くの訓練を積んでいる建築でも、模型を作りながら検討を進めています。むしろ訓練を積んでいるからこそ、頭の中のイメージだけで進める怖さを知っているのだと思います。

 ですから、世の中には、建築模型にかかわる本が多く出版されています。研究室にあるものを並べたのが下記ですが、これでも出版されているものの一部で、いかに建築では模型が重要視されているかがわかります。


写真2:建築模型の本


 それぞれ魅力的で得ることの多い本ですが、なかでも僕のお気に入りは内田祥哉先生監修、奥平耕造先生による『模型/建築』です。初版は昭和37年で、建築模型に関する初期の書籍です。この本の大きな魅力は、なんといっても掲載されている作品にあります。丹下研究室の”東京1960”、前川國男さんの東京文化会館、菊竹清訓さんのスカイハウスなど、錚々たる作品が掲載されています。また、粘土模型など表現方法も多様で今見ても刺激のある内容です。Webサイト「日本の古本屋」を見ると、何冊か売りに出ていますので、興味のある方はぜひ検索してみてください。


写真3:建築模型の初期書籍『模型/建築』


 ちなみに、建築模型の書籍が多くある一方で、土木分野の模型に関する書籍がほとんどないことから、土木デザインの仲間で、これまで多くの仕事でご一緒している、西山健一さん(イー・エー・ユー)をお誘いして、一緒に連載したのが、EA協会WEB機関誌の「ドボクノモケイ」2)です(一緒にとは書きましたが、7割方、西山さんに書いていただきました)。

 模型をつくる意味や作成前の準備、作成の方法や模型写真の撮影まで、知っておきたいことを一通りまとめたものになっています。ウェブで読むことができますので、もしよろしければ、ぜひこちらもご覧ください。僕の大学では模型のテキストとして学生が利用しています。

 2011年4月から約1年間かけて13回の記事を掲載したのですが、今考えると、2人とも東日本大震災の復興計画に関わりながらよく書いたなと思います。


写真4:EA協会WEBサイト『ドボクノモケイ』

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模型を用いた検討プロセス〜太田川大橋

 さて、それでは実例をもとに、模型を用いた検討プロセスについて紹介していきたいと思います。取り上げるのは、広島県広島市の太田川放水路の最下流部に架かる太田川大橋です。

 本橋は、日本で2番目となる国際コンペ「広島南道路太田川放水路橋りょうデザイン提案競技」で選定案を決定し、その後、選定された設計チームが詳細設計を実施しました。ここでは、コンペ提案の検討、その後の詳細設計、施工協議における模型の役割についてご紹介したいと思います。

 なお、以下に示す模型は、設計チーム(エイト日本技術開発+イー・エー・ユー+空間工学研究所+筆者)によるものです。デザインを担当した土木デザイン事務所であるイー・エー・ユーで作成した模型がほとんどで、当研究室の大学院生だった山川健介くんがアルバイトとして模型作成をお手伝いしていました。


写真5 太田川大橋

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構造形式や支間割を決める

 まずは、橋梁計画にかかわる構造形式や支間割の検討についてです。

 以下に紹介する写真は、太田川大橋のコンペ時の初期段階に設計チームで検討した際の模型で、いずれも縮尺は1/500です。

 コンペの提案条件として、橋脚を設ける場合には、その位置が指定されていましたので、まずは考えられるパターンを模型にし、模型を囲みながら、スケール感や構造形式による形の印象について議論を進めていきました。

 最初に作成した模型のいくつかが、2連のアーチ橋(通常+単弦)や3連の斜張橋です。たとえば2連のアーチ橋(通常)の写真6をご覧いただくと、平面線形が曲線で、斜角もあるので、向かい合うアーチリブの位置がずれてしまうのがわかります。このずれがなんとも気持ち悪い。模型を囲みながら印象を議論することで、アーチ橋やエクストラドーズド橋では、単弦ないし1本タワーでないとうまくいかないことが簡単に合意されます。

写真6 橋梁計画の検討模型(2連のアーチ橋、縮尺1/500)


 次に、写真7のエクストラドーズド橋の右岸側(写真赤丸)を見てもらうと、堤防からかなり離れた位置に橋脚が設けられていることがわかります。これはコンペの配布図面の橋脚位置なのですが、川沿いの国道を跨ぐために、この位置になっています。ただ橋脚をここに置くと、河川上ではなく陸上の支間が最も長くなってしまいます。

 さらにいうと、せっかく支間を飛ばせる構造形式なのに、陸上部にその大半がかかるのは合理性に欠けますし、全体のシルエットとしてもバランスが悪い。かといって、写真8のように、2連のアーチ橋にすると、風景のスケールに対して、アーチが大きくなりすぎる。


写真7 橋梁計画の検討模型(エクストラドーズド橋、縮尺1/500)

写真8 橋梁計画の検討模型(2連の単弦アーチ橋、縮尺1/500)


 このような議論を経て、考えたのが、写真9のように、ピアアバットを用いて、堤防上に橋脚を設ける案です。こうすることで、アーチも河川上に収まることになります。この段階で、橋梁計画がかなり収束してきたことを実感します。

 これを見ながらさらに議論し、右岸側のアーチは、橋脚をひとつ増やせば桁構造でも可能で、どちらが良いかを考えるなかで、上流の国道橋である庚午橋から見ると、厳島がこの方向に見えることに気づき、厳島に連なる2連のアーチ橋にすることに決めたのです(写真10)。アーチは厳島よりも低くなるよう、ライズを抑える形状にしています。ちなみに写真10の上は実際の写真で、下はコンペ時のCGです。おおむねイメージ通りにできていることがわかると思います。


写真9 橋梁計画の検討模型(3連の単弦アーチ橋、縮尺1/500)

写真10 上流の庚午橋から見た太田川大橋(上:実際、下:コンペ時CG)


 さらに、模型では、歩道の位置についても検討しています。コンペの配布図面では、上流側に歩道が配置されていましたが、その位置は自由に提案して良いという条件でした。そこで、むしろ眺めの良い下流側に歩道を設け、その歩道を右岸側の堤防に向かって降ろしていくことで、スムーズに歩行者が利用できる堤防と堤防をつなぐ歩道になる(写真11)。最終的には、左岸側の歩道の取り付け位置を住宅地に近い上流側にすることで、使い勝手が良く、渡るのが楽しくなる歩道の線形へと決定しました。


写真11 橋梁計画の検討模型(3連の単弦アーチ橋+歩道部下流側配置案、縮尺1/500)


 ご覧いただいた模型はいたってシンプルで、費用や時間もそれほど必要としない簡便なものです。でも模型があることで、多くの気づきをチームで共有しながら、議論を展開し、橋梁計画を進めることができます。

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