インフラ未来へのブレイクスルー -目指すは、インフラエンジニアのオンリーワン-
3.鋼桁落下事故を二度と起こさないためには
橋梁には今回事故を起こした道路橋以外に鉄道橋、水管橋、人道橋など多々あるが、機能は異なっていても使用材料、構造、建設方法は共通であり、事故発生原因を調べてみると、概ね同様である。ここで、一般的な橋梁架設時に発生する桁落下事故の原因を示すが、先に私が分析し、解説した事故原因と対比し、今後同様な事故を二度と発生させないためには何が必要かを読者は考えてほしい。
3.1 架設事故発生の原因
橋梁の鋼桁架設中に発生する桁落下事故の原因は種々あるが、以下に想定される原因を示す。
① 荷重算定の誤り:鋼桁を指定の位置に固定する際に、設計及び施工計画段階で荷重が誤って算定された場合、橋桁が許容荷重を超える可能性があり、その結果、桁が座屈したり、想定外の移動等によって桁落下に繋がる。
②架設設備及び機材の不具合:架設用クレーン、ジャッキや吊り治具などの設備及び架台、セッティングビーム、惜しみ、逸走防止装置など架設機材が正常に機能しない場合、架設作業中に事故が発生する可能性が高い。これにはケーブルの破断、クレーンの故障、吊り治具やケーブルの緩みなどを含む。
③ヒューマンエラー:架設作業員のミス、コミュニケーションの不足、作業手順の誤り、監督・指導不足などが原因となり、架設桁が正しく設置されず、不適切な位置に固定すると事故発生に繋がる可能性が高い。
④天候条件: 風速や風向き、降雨や降雪などの悪天候が架設作業に影響を及ぼすことがある。あらかじめ架設作業に影響する風等の考慮を怠り、架設桁や架設資材等を安定させないと事故が発生する可能性が高まる。
⑤資材の品質不良: 架設作業に使用する鋼材や添接部材に品質不良がある場合、架設等の作業において十分な強度を持たない可能性があり、架設中に架設桁や架設資材等が変形したり、変位したりして事故に繋がる可能性がある。
⑥地盤条件: 架設地点の地盤条件や架台の支持不安定等不適切である場合、架設時に不安定状態となる可能性がある。支持不安定とは、架設に使用する地盤の沈下、側方移動、浸水などが該当し、事故原因となる可能性がある。図‐20は、今回事故の起こったP3の支承周辺に設置した移動桁受け架台の位置詳細を示す。図でも明らかなように、支承周りの狭隘な場所に4基の架台を設置したことから、架台と橋脚梁端部ラインを確認すると、架台が不安定な状況に設置されていたことが見て取れる。
図-20 移動桁受け架台事例:P3橋脚
ここまで6つの原因を示したが、鋼桁の架設作業は高度な技術と慎重な架設計画策定と確実な施工が必要である。架設計画策定時のリスク評価、適切な設備と機材の使用、適切な監督体制の確立、環境要因の考慮などが事故発生を未然防止に有効に機能する。また、事故を起こさないためには、架設作業に従事する作業員のトレーニングと安全規則の遵守も不可欠である。次に、架設事故の原因を踏まえた防止策を示す。
3.2 架設事故発生の防止策について
事故発生を未然に防ぐ防止対策を以下に示す。
①荷重算定:製作・架設する橋梁や各部材の死荷重、架設時荷重等や設計条件を適切に、そして精緻に計算し、十分な安全性を確保することが必要である。
②架設機材及び環境の確保:架設現場において地組立てや実架設に使用するクレーンやジャッキ、支保工、吊り物、逸走防止装置などの架設設備と種々な機材が正常に機能し、適切に保守する必要がある。また、架設に適する環境の確保と適切な対応措置の実施があげられる。今回発生した事故の一因として考えられるP4橋脚に固定された先行架設桁上の施工環境を図‐21に示す。
図-21 スラブアンカーが障害となる環境:P4
図で明らかなように、中央部にスラブアンカーが位置し、受け架台は不安定状態であると同時に、狭隘な施工空間となっている。さらに、受け架台は、設置方向が異なり、ジャッキ等の作用荷重が均等に架からないのが明らかである。このような狭隘空間での作業を行う場合は、施工環境に合わせた架設治具や架台の安定向上策等の検討を十分に行うことが必要である。
③技術力向上とトレーニング:架設に係る作業員には十分な知識提供とトレーニング及び教育を実施し、安全確保の手順が遵守されていることが必要不可欠である。これらが不足すると、発生した事象への対応が適切とならず事故発生に繋がる可能性が大である。
④適切な監督体制の確保:適切な架設作業や安全確保には、要となる適切な監督確保があげられ、架設現場における監督体制を強化し、安全規則の遵守を確保することが必要となる。
⑤架設機材の品質確保:架設に使用する種々な機材の品質や状態を正しく管理し、事故発生に繋がる品質不良や機能不全の機材の使用を禁じることが重要である。
➅架設地点及び周辺地盤の安定化:架設する地盤や架台及び架設に影響する地盤条件を詳細に調査し、必要に応じて安定化対策を講じることが必要である。過去に劣悪な地盤条件が主因となって発生した桁落下事故の事例が多い。
⑦架設計画と工程管理:架設中の各工程での進捗度合いや不安定度等を常時監視し、当初計画と異なる事象が発生した場合は、微小に関わらず架設工事を中止し、発生事象の影響度や安全性を適切に検討し、対策を講じ、十分な安全性を確保した後に工事を再開することが必要である。今回の事故発生も異常が発見された時点で作業を中止し、全性等の検討を行っていれば事故を未然に防げた可能性大である。
⑧施工環境:架設時の天候条件を常時監視し、危険な状況では全ての作業を中止することが必要である。
これまで示した8つの対策は、橋梁架設中の桁落下事故を未然に防ぎ、作業員や関係者の安全を確保することに繋がる必要条件である。橋梁架設を始めとする種々な建設、修繕工事において、安全文化の確立と適切なリスク管理が不可欠である。
さらに近年は、急速にAI(人工知能)含む種々なICT技術やドローン、ロボットなどの機器開発が行われており、橋梁の桁架設にもこれらを活用することが求められている。
3.3 架設事故を抑止するICT等新技術の活用策
ICT関連技術等の活用は、橋梁架設における桁落下などの事故を防止し、安全性を向上させるために機能する方法の提供が可能となる。現状で、活用が可能な項目を以下に示す。
①センサーとモニタリングシステム:架設する鋼桁にセンサーを組み込み、リアルタイムで荷重や応力、ひずみなどを監視する。センサーで計測しているデータはクラウドを介してモニタリングシステムに送信され、専門技術者や監督員がリアルタイムでデータを確認し、異常が検出された場合には作業中止の指示を行うことが可能となる。
②ビッグデータ分析:センサーで取得したデータを収集し、それらをビッグデータとしてAIによって分析し、異常のパターンや予兆の検出を行う。また、デジタルツインとして、別途構築した異常予測保守モデルを使用することで架設桁や関連治具の健全性を定期的に評価し、必要に応じて保守作業の計画策定を行う。
③ドローンと映像解析:ドローンを使って建設現場を3次元で定期的に巡回するとともに、点群化などの可視化技術も併用することで視覚的な監視を行い、AIが得意とする画像解析技術を使って架設中の橋桁や周辺治具等の状態を評価し、リアルタイムで異常検出を行う。
④リモート操作と自動化:架設に使用するクレーンや台車、吊り治具をリモート操作が行えるシステムを導入し、作業エリアから離れた場所から作業を監視および制御を行う。また、あらかじめ構築した自動化技術を使って架設作業プロセスをより正確に制御することで、人為的ミスの発生を最小限に抑えることが可能となる。
⑤仮想現実(VR)と訓練:架設に関係する作業員に種々な架設方法や安全確保に関するVR訓練システムを提供し、橋桁や関連治具の設置手順や安全手順をトレーニングさせる。VRを使用して何度もシミュレーショントレーニングを行うことによって、危険な状況となった場合の対応力を向上させることが可能となる。
⑥コミュニケーションツール:架設に従事する関係者間のコミュニケーションを強化するための関連ICTツールを導入し、情報の共有と連絡を円滑にする。これによって建設及び修繕工事における事故発生の予防と安全性の向上に貢献することが可能となる。本ツールの導入する際には、留意点として適切なトレーニング実施とデータプライバシーに関する懸念にも十分注意を払う必要がある。
ここまで、橋梁架設に関する桁落下事故の原因と対策、近年急速に進歩しているICT等の新たな技術を使った建設及び修繕工事に関する安全性向上策を示した。しかし、私が考えるに、ここに挙げた原因と対策を講じたとしても最後に残る人為的なミスを無くさない限り同様な事故は必ず発生する。そこで次に、事故を未然に防ぐ人為的なミス発生の原因と対策について示す。
3.4 人為的なミス(ヒューマンエラー)発生の原因と対策
今回発生した鋼箱桁落下事故の主因は人為的なミス、ヒューマンエラーである可能性が極めて高く、これを防ぐためには発生の原因を把握し、対応する対策を適切に実施することが必要である。
1)人為的なミス発生の原因
人為的なミスは、人間によって発生する誤りやミスを指し、様々な状況で発生し、建設工事だけではなく、種々な業務に影響を及ぼす。以下に主たる原因を示す。
①トレーニング不足: 架設に従事する作業員が適切なトレーニングを受けていない場合、作業手順や安全プロトコルを理解していないことから、人為的なミス発生の可能性が高い。
②コミュニケーションの不足: チームメンバー間のコミュニケーションが不十分であると、情報の共有や重要な指示の伝達が適切に行われない可能性がある。
③過度の自己信頼: 架設に従事する作業員が過度に自己信頼に陥り、手順を怠ったり、安全基準を無視したりすることで人為的なミス発生の可能性がある。
④ストレスや疲労: 長時間や深夜に渡る作業及び高ストレスな状況下で架設に関係する作業は、注意力の低下や判断ミスを引き起こす可能性が高い。
⑤監督の不備: 監督者が適切な監督を行わず、作業員の行動を適切にコントロールしない場合、安全規則の遵守が疎かになり、人為的なミス発生に繫がる可能性が高い。
人為的なミス発生の原因を考えてみると、いずれも想定できる範囲の内容が多い。次に、これまでも何度も検討し、唱えられているがなかなか防ぐことができない、人為的なミスを防止する対策を示す。
2)人為的なミス発生の防止策
人為的なミス発生は、人間固有の持つ弱点であり、克服には関係者の忍耐と努力が必要となる。ここでは、桁架設工事を中心に考えてみた。
①適切なトレーニング: 桁架設に係る作業員には適切なトレーニングと教育を実施し、実工程の段階ごとに必要となる安全な作業手順を理解させる。
②コミュニケーション強化: ICTや機械化が進むと疎かになりがちな、チームメンバー間の効果的なコミュニケーションを確保し、情報共有と事故発生防止に繋がる指示の明確化を促進する。
③安全文化の醸成: 組織内での安全意識と安全文化を醸成し、作業員が常に安全を最優先に考えて種々な作業を行うように導く。
④定期的な休憩とストレス管理: 長時間の作業を避け、疲労を軽減するために必要となる適切な休憩を確保し、ストレス管理プログラムを導入する。特に、今回の様に深夜作業で作業時間に制約がある場合、過大な疲労とストレスが大きく、特段な人的管理方が必要である。
⑤監督と監視: 作業を統括する監督者自らが適切に監視し、安全規則の遵守を確認し、必要に応じて指導を行う。忘れがちではあるが、工事発注者と請負者、両サイドの監督及び監視体制の確立が重要である。
⑥緊急事態への対処不足: 作業空間の制約等によって、緊急事態発生の対処に必要な適切な空間が確保されていない場合、事故発生時の避難や救助が困難となる。事前に環境を再現した作業空間を作り、事故や緊急事態が発生した場合を想定した事前トレーニングが必要である。
⑦テクノロジーの活用:ICT等のテクノロジーを活用して作業プロセスを監視し、異常が検出された場合に誰でも分かる警告を発するなど、最新技術を活用して人為的なミスを軽減する取り組みを行うことが重要である。
人為的なミスを最小限に抑えるためには、組織全体でのコミットメントと継続的な教育・訓練を欠かすことができない。建設現場等の安全性確保は最優先事項とするべきであり、そのために必要と思われる対策を全て実施することが事故を無くすためには不可欠である。