まちづくり効果を高める橋梁デザイン
はじめに
10月になってようやく秋めいてきましたが、いかがお過ごしでしょうか。今回もご覧いただきありがとうございます。先日、研究室の後輩と久しぶりに飲んだのですが、この連載をネタに、社内の仲間の方と意見交換しているという嬉しい話を聞きました。みなさまの仕事の合間のひとときのお供になれればと思っております。
さて今回は橋梁予備設計を念頭におきつつ橋の構想デザインについて述べる予定でしたが、9月にスイス・ドイツのまちづくり調査をおこなう道すがら、いくつか興味深い橋を見てきましたので、今回はスイスの3つの橋をご紹介したいと思います。(※編注 今回は3ページ構成となっています)
二つの都市開発エリアを結ぶNegrellisteg(ネグレリ歩道橋|チューリッヒ)
最初はチューリッヒの橋です。2012年に半年間住んでいたこともあり、紹介したい橋は多いのですが、ここでは2021年に竣工したネグレリ歩道橋を紹介します。
ネグレリ歩道橋は、チューリッヒ中央駅の西側、ヨーロッパアレー(Euroaallee)とツォル通り(Zoll Strasse)の二つの都市開発エリアを結ぶ歩道橋です。ともに鉄道施設だった場所ですが、とくに前者はかつての操車場で、いずれも2000年代前半に構想計画がはじまり、2020年前後に完成しています。
日本を含め、操車場や貨物駅は貨物輸送の減少や合理化によってその役割が失われ、駅近という地の利を活かした再開発の事例が継続的に行われています。日本だと、さいたま新都心やグラングリーン大阪が有名ですよね。今回の調査で立ち寄った場所ですと、チューリッヒ以外にも、ハイデルベルクやハイルブロン(ともにドイツ)も同様で、それぞれ興味深い開発がおこなわれています。
写真1 ヨーロッパアレー側から見たネグレリ歩道橋
最終決定までのプロセス
この橋の実施案に至るプロセスは少々複雑です。まず2010年に、チューリッヒ市とスイス国鉄が共同で国際コンペを実施します。コンペの報告書1)を見ますと、この時には、自転車用の斜路も設けることが条件になっていました。専門審査員には、ベルリン工科大学のマイク・シュライヒさんや、スイスの橋梁エンジニア、ユルグ・コンツェットさんらが名を連ねています。
参加を申請したのは33チームですが、予備審査によりコンペの参加権を得たのは12チームでした。その後、提案資料に基づき2段階の審査がおこなわれ、最終的にファイバーコンクリートによるチューブ構造の橋を提案したロンドンのFlint & Neill社のJVチームが第1位を獲得しました(提案内容はコンペ報告書で見ることができます)。
ちなみに、6位まで賞金が出ており、1位は4万スイスフラン(現レートで約680万円)、6位は1.8万スイスフラン(現レートで約300万円)で、6チームの賞金総額は約2700万円となっています。
ただ、この後、自転車用の斜路の費用がかなりの高額となり、別の場所に自転車用のトンネルを計画したことで、2016年に新たに歩行者専用の橋として、再びコンペが実施されました。こちらは5チームが応募し、最終的にユルグ・コンツェットさん率いるConzett Bronzini Partner AGのJVチームが選定されました2)。この時の提案が今の橋です。
ちなみに、橋の名前は、スイス国内初の鉄道であるチューリッヒ・バーデン間(1847年)のプロジェクトマネージャーで、後にオーストリア国鉄の総監察官を務め、スエズ運河の計画者でもあったアロイス・ネグレリさんにちなんでいるそうです。
橋の諸元
橋の構造形式は、5径間の鋼箱桁連続ラーメン橋で、橋長は161m、支間割は26m-11m-78m-11m-35mです。桁高は最大1.6mですが、桁端部で0.7mへと変化します。有効幅員は4.1mとそれほど広くありませんが、最大のスパン桁高比は1/49ですので、かなりスレンダーな橋です。
ちなみに総工費は約1100万スイスフラン、日本円にして約19億円です。発注者は、スイス国鉄とチューリッヒ市で、費用も折半しているようです。また2021年にスイスの鉄鋼および金属を用いる優れた構造物に授与されるPrix Acier賞3)を受賞しています。
写真2 中央駅側から見たネグレリ歩道橋、架線柱にまぎれて、よく見ないとどれが橋脚なのか分かりにくいです
両端のらせん階段まで連続する主桁
ここからは、実際に訪れて驚いた点を中心にお伝えしていきます。まずは主桁です。橋の両側には、エレベーターを支える円形のタワーと、その外周に支柱のないらせん階段が配置されています。
そして橋の主桁は、エレベータータワーと接続してはいますが、そのままらせん階段の桁と連続しています。つまり橋長は161mですが、両側のらせん階段を合わせると200m以上は桁がつながっていることになります。しかも両端は、ぐるっと一巻きして地面に降りています。どこかで切れているのではと思って何度も見返しましたが、きちんと繋がっていました。
じつは、これは構造的な理由によるものです。らせん階段も含めたラーメン構造にすることで、広がりのあるらせん階段によって橋軸方向と橋軸直角方向の安定性を得ると同時に、桁の温度変化による伸び縮みを吸収する役割も果たしているそうです。
橋の主桁は断面中央に配置されていますが、らせん階段になるところで、主桁が内側になるように工夫しています。これによって、動線的にもエレベーターとらせん階段の両方にスムーズに行くことができますし、主桁を内側にすることでらせん階段もより美しく見える効果が生まれています。
また橋の端部の桁高は0.7mですが、らせん階段への切り替え部分で桁を折り曲げた後、地上部に向けて桁高を徐々に小さし、最終的には0.3mになっています。
橋もらせん階段もすべて溶接となっていて、とても美しいです。
写真3 らせん階段と主桁の接続部
橋脚基礎は既設のU型擁壁
架橋位置は、地上部だけで16線あるチューリッヒ中央駅付近ということもあり、橋脚の基礎を設置するスペースがほとんどありません。にもかかわらず、この橋では4つの橋脚が建っています。その位置に注目すると、いずれも地下ホームに進入する既設のU型擁壁から立ち上げるようになっています。
なんと橋脚はU型擁壁を部分的に切り欠き、そこにはめ込むようになっています(写真)!U型擁壁と橋脚基礎がどのように接合されているのか、残念ながらわからないのですが、支間をできるだけ短くするために既設のU型擁壁を利用したと述べられています。
コンペの他の案にも、同じようにU型擁壁の上に橋脚を建てるものがありましたので、利用OKという条件だったのかもしれませんが、そんなこと可能なのかと驚くと同時に、合理的で面白いなと思います。みなさんはいかがでしょうか。
写真4 橋脚の足元に注目してもらうと、U型擁壁を切り欠き、はめ込んでいるのがわかります
歩道中央に排水
つづいて断面を見ていきます。桁幅は1.2mで両側に1.6mずつ張り出しています。主桁の上フランジが床板を兼ねていて、張り出し部は鋼板の横リブのみをつけて支えています。コンペの提案時の断面を見ると、縦リブもついていましたが、詳細検討の過程で無くしたようです。いずれにしても軽量化の工夫が図られています。
工場と現場を含め、全ての部材が溶接されています。製作・施工の様子は、それを請け負った会社による記事でご覧いただけます4)。
また排水は歩道の中央部に設けられています。鉄道の建築限界をギリギリで交わすために桁下面を水平し、路面を上げることで必要な桁高を確保しています。これにより生まれる縦断勾配を活かして、雨水を両側に流し、エレベータータワーで縦引きし地面に引き込んでいます。さきほどらせん階段になるところで、主桁が内側配置に切り替わると述べましたが、排水管が外から見えることなく処理できる効果も生まれています。
プラン・リュミエール・チューリッヒに基づく照明計画
日本でも、長崎市をはじめ夜景景観を戦略的につくることがおこなわれていますが、チューリッヒも同様に夜景景観の計画を策定し、歴史的や建物や橋を中心に夜景づくりに取り組んでいます。この橋も、その計画の一環としてライトアップされています。
JVチームである建築事務所10:8 Architektenさんのホームページ5)には、図面に加え、夜景の様子も掲載されていますのでぜひご覧ください。
ネグレリ歩道橋 脚注・参考文献
1)Negrellisteg Projektwettbewerb im selektiven Verfahren Bericht des Preisgerichts (ネグレリ歩道橋コンペ報告書),チューリッヒ市,2011
https://olteneinfach.ch/wp-content/uploads/2016/12/110330_negrellisteg_jurybericht_low-2.pdf
2)Zürich, Negrellisteg. Einstufi ger Studienauftrag im selektiven Verfahren(ネグレリ歩道橋2回目のコンペ報告書),スイス国鉄,2017
https://espazium.s3.eu-central-1.amazonaws.com/files/2018-08/jurybericht_teil_1.pdf
3)Prix Acier賞 Webサイト
https://szs.ch/prix-acier-siegerprojekte/
4)METAL GLASS 2022 サイト
https://www.officineghidoni.ch/fileadmin/user_upload/pubblicazioni/Metall_Glass/Metall_Glass_2022/negrellisteg_mg_22.pdf
5) 10:8 Architekten ホームページ
https://www.10zu8.ch/projekte/negrellisteg/