インフラ未来へのブレイクスルー -目指すは、インフラエンジニアのオンリーワン-
③不幸中の幸い、大事故から得た教訓 ‐ 禍福はあざなえる縄のごとし‐
(一般社団法人)日本構造物診断技術協会 顧問
アイセイ株式会社 エキスパートアドバイザー
髙木 千太郎氏
1.はじめに
2024年(令和6年)も残すところ2か月となった。今年の干支は、「甲辰(きのえ・たつ)」、まっすぐに堂々とそそり立つ大木を表す「甲」と「龍が現れるとめでたいことが起こる」、「辰」との2つの組み合わせである。干支「甲辰」は、「成功という芽が成長していき、姿を整えていく」といった縁起のよさを現わしている干支であることから、「成功の芽が成長し、姿を整えていく」という文言に示す、努力した成果が実を結ぶような出来事が多く起こる年と期待に胸が膨らむ頼もしい年となることが望まれていた。と、年の初めに以前の連載で私から話していることから重複する読者の理解は速い。
「甲辰」の年も10か月が経過し思い起こしてみると、今年の夏に開催されたパリオリンピック・パラリンピックでのやり投げ・北口榛花選手、車いすテニスの小田凱人選手や大リーグ・ナショナルリーグ・ドジャースの大谷翔平選手の大活躍からは、まさに干支の本来持つと期待されているプラス面を表した素晴らし年であるとの評価が妥当との考えになる。
しかし、社会一般、インフラストラクチャー関連について振り返ってみると、これまでの努力や成果が実を結ぶ年というよりは、これまでの考え方や理解度を変えざるを得ない年であったとのマイナス評価となるような気が強くする。その第一が、1月1日御屠蘇気分の16時10分に発生した『能登半島地震』に加え、9月21日から23日にかけて地震と同じ区域を襲った『奥能登豪雨災害』があげられる。再度被災を受け、人々の「復興の意欲を失った。この世には神も仏もないのか!」の発言が最悪の事態を如実に表している。私も仕事柄、多くの自然災害被災を経験しているが、1年の内に同一地域で2度も大きな異なった自然災害(激甚災害)を受けた話を聞いたことは無く、迫りくる異常気象の嵐を止める工夫もなしで戦いを続けている先進国には呆れるばかりであり、神もお怒りのお灸をせざるを得なかったのかも知れない。
ここで泣き言ばかり言っていても始まらないので、話を私の専門に転換し、ここで今回の主題であるプレストレストコンクリート橋について、我が国における基本的な考え方や一般的な評価について整理しよう。
我が国においては、昔からプレストレスコンクリート(Prestressed Concrete:PC)を用いた橋梁などの構造物は安全であるという神話や一般的な人々が抱く安全性に優れているという認識が存在する。この考え方は、プレストレス技術が高い耐久性と耐荷力性能を保持し、長期間にわたって劣化し難いとの考え方から生まれたものである。図‐1は、わが国最初のプレストレストコンクリート橋の長生橋(1951年・石川県七尾市)の移設先における姿である。この橋名からも、長きにわたって正しい状態を継続的に保ってほしいとの設計者の抱いた期待感が伺える。
図‐1 我が国初のプレストレストコンクリート橋:長生橋
そもそもプレストレスコンクリートは、鋼材に引張力を加えてコンクリートに圧縮力を与えることで、構造物全体における引張力の発生を抑える技術である。プレストレスによって、コンクリートに発生するひび割れを減少させ、より大きな荷重に耐えることができる構造となったとの技術的な判断を多くの技術者が評価し、周辺の人々にその考えを拡散させたと私は考える。このように期待感満載のプレストレストコンクリートは、我が国においても北は北海道から南は沖縄まで全国の各地域で導入を検討され、橋梁をはじめ、港湾施設、トンネルや高層ビルなど重要な数多くのインフラストラクチャーに採用されていることは周知の事実である。
ここで、安全神話の根拠と問題点を考えてみる。
プレストレスコンクリートは、一般的に高強度な材料が使用され、コンクリート自体の圧縮強度が6,000~10,000psi(41~69Mpa)、プレストレス鋼の緊張材の引張強度が約270ksi(1,860Mpa)である。プレストレスプロセスとしては、現場条件等によってプレテンション方式とポストテンション方式に区分される。主な特性としては、先に示すプレストレスプロセスの過程を経ることによって、コンクリートのひび割れ耐性が高まり、全体的な耐久性を向上させることが可能となる。また、プレストレスによって、強度を維持しながら部材のサイズを小さくでき、スパン長を長くもでき、薄くもできる長所がある。ただしプレストレストコンクリートは、温度変化に敏感であり、高温環境下においては、PC鋼材の緩和現象やコンクリートのクリープ現象によってプレストレスが徐々に減少することに注意が必要である。特に火災時には、コンクリートの急激な温度上昇によって爆裂現象が発生し、構造物の強度が低下する可能性がある。
設計上の留意点は、作用荷重を分析し、短期及び長期の荷重条件において、想定される引張応力に抵抗する最適なプレストレス力を決定し、クリープ、収縮、収縮及び緩和によるプレストレス損失の考慮が必要である。プレストレストコンクリートには、プレストレスの長所を最大化する適切な断面設計と耐久性や耐火性に必要なコンクリート被覆が求められる。特に、PC鋼材の定着箇所は重要であり、強固で耐久性の高い定着構造の選択、施工が求められる。施工上の留意点としては、現場条件に応じてプレテンション方式かポストテンション方式を選択し、設計されたプレストレス力となるように適切な緊張手順に従って施工し、緊張中の伸びと必要プレスト力を監視し、記録することが求められる。グラウトが必要なポストテンション方式を選択した場合は、緊張材を腐食から保護するために適切なグラウト混合物と注入圧力を選択し、シース内にグラウトを完全に充填することが不可欠である。
メンテナンス上の考慮としては、定期的な点検ルーチンを確保し、劣化や予期しない挙動の兆候を把握することが重要である。特に、定着部と湿気が混入する可能性のあるエリアについては、注意深い観察と診断が求められる。プレストレストコンクリート構造においては、ひび割れはプレストレスの損失やその他の構造上の問題を示している可能性大であることから、ひび割れが要注意点検項目であり細心の注意を払って点検することが求められる。さらに、プレストレスの損失やコンクリートの劣化など、特定された問題に対処するためのプロトコル作成も必要である。以上が、プレストレストコンクリートの設計上、施工上及びメンテナンス上の留意点である。
先にも示したようにプレストレストコンクリートはコンクリートのひび割れを抑え、構造物の寿命を延ばすことが出来るとの考えから、これまでは非常に耐久性が高いとの考えが主流であった。このためにプレストレストコンクリート橋は、一般的に「メンテナンスフリー」や「低メンテナンスで安全性が高い」との評価から耐久性を求められる構造物に数多く採用され、何時しか安全神話となり現在に至っている。
ここで我が国の現状に目を向けると、多くのプレストレストコンクリート橋は高度成長期(1960~1970年代)に建設されており、すでに50年以上が経過している。そのためか、経年劣化による材料の性能低下や内部鋼材の腐食、塩害、ひび割れなどが発生し管理上の問題となる事例報告が数多く聞くようになった。このようなことから最近は、高齢化が進む中で点検の不足や不適格な診断、メンテナンスの欠如が社会問題となり、これまで多くの人が持っていたプレストレストコンクリート構造物に対する安全性に疑念が生じてきている。プレストレストコンクリート構造物の特徴として内部には、外部から確認することが困難なPC鋼材が数多く埋め込まれている。このため、従来から主流となっている目視外観による点検では内部の劣化や損傷を検出するのが難しく、隠れた疲労や腐食が見逃されるリスクが指摘されている。特に近年は、プレストレストコンクリート橋の主要部材に重大損傷やひび割れが発生し、それを起因とする事故が国内外で報告されており、これらはこれまで我が国の多くの人が抱いていた安全神話に対する警鐘とも考えられる事故が増加してきている。
例えば、PC鋼材の腐食が進んだことが原因で発生した我が国の山口県・上関大橋、海外では斜材PCケーブル等の腐食が主因と言われているイタリア・モランディ橋、補強工事による構造変更が主因と言われているパラオ・コロールーバベルダオブ橋(図‐2参照)などの事故事例からプレストレストコンクリート橋の安全性について問題視されはじめ現在に至っている。プレストレストコンクリート橋の安全神話は、先に示すようにPC技術の持つ耐久性と信頼性に基づくものであったが、各種プレストレストコンクリート構造物の高齢化が進み事故事例も増加してきていることなどから、従来の神話も崩れたと考えても誤りではない。
図‐2 コロールーバベルダオブ橋崩落と建設時:パラオ共和国
改めてプレストレストコンクリート橋の劣化について調査してみると、経年劣化による材料の性能低下や内部鋼材の腐食、塩害、ひび割れなどが発生し、抱えている問題も指摘されている。近年の事例からプレストレストコンクリート構造物のメンテナンスにおける課題としては、各種構造物の高齢化が進む中で従来のメンテナンス方法では対応しきれない問題が明らかになりつつあるのが現状である。そのため、プレストレストコンクリート構造物に内在する変状を対象とする点検・診断技術の向上や手遅れとならない適切なメンテナンスが不可欠であり、安全神話に依存することなく、現実的なリスク管理が求められている。ここまでプレストレストコンクリート橋に関する基本的な事項や特徴、安全神話等について私なりに整理して読者に提供した。
さて、今回の話題提供の主題は、先のジェノヴァ・モランディ橋 (イタリア, 2018年8月14日)と同様に、否、それ以上に私自身に衝撃が走ったドイツのプレストレストコンクリート橋の崩落事故について話を進めよう。
2.禍福はあざなえる縄のごとし
2か月前の今年の9月11日午前3時頃、ドイツ・ザクセン州の州都ドレスデン(Dresden)(図‐3,4,5参照)にあるエルベ川を跨ぐCarolabrücke(カローラ橋)が崩落した。日本ではあまり馴染みの無いドレスデンとは、ベルリンから列車で2時間弱かかる「エルベ川のフィレンツェ」と称されるドイツの美しい街であり、180年の歴史を誇る州立歌劇場(旧ドレスデン国立歌劇場)ゼンパーオーパーやランドマークともなっている福音主義キリスト教会のフラウエン教会など、壮麗なバロック建築を楽しむことのできる魅力満載の街である。ドイツ好きの人は、バロック建築の宝庫、芸術と音楽の街、そして焼き菓子・ストリッツェルを目当てにドレスデンを何度も訪れていると私は聞いている。
図‐3 Dresdenの位置:ヨーロッパ内 / 図‐4 Dresdenの位置:ドイツ内
図‐5 Carolabrükeの位置:Dresden内 / 図‐6 Carolabrükeと各セクション区分
今回話題提供するCarolabrückeは、図‐6に示すように下流側からA、B、Cセクションに分離された構造であり、ドレスデンの旧市街 (旧市街内部) と新市街を結ぶ最も重要な生命線とも言えるB170(アルベ通り)の橋梁であり、図‐7で分かるようにコンクリートアーチ橋のAlbertbrück(アルバート橋)の上流に位置する道路橋である。
図‐7 Carolabrükeと下流Albertbrückの位置関係
Carolabrückeの崩落事故は、歩道と路面電車用に使われている西側Cセクションのエルベ川を跨ぐ中央径間約100メートルが突然破壊(図‐8参照)し、図‐9に示すように4つに折れ曲がり、河川へと崩落した。
図‐8 Carolabrükeの崩落状況
図‐9 Carolabrüke Cセクションの崩落状況
Carolabrückeが崩落する18分前にこの日の最後の路面電車が通過したことや深夜で橋梁上に利用者がいなかった幸運も重なり、奇跡的に負傷者も死亡者も無かった。信心深くもない私が言うのも可笑しな話であるが、ドレスデンの市民はマルティン・ルターを信仰するルター派が多いと聞いており、コミュニティの絆や社会貢献を重視する市民感情を神が救ったのかもしれない。崩落事故を受け、Carolabrückeを平行に構成する残りのA、Bセクションは直ちに閉鎖された。3つの各セクションは、図‐10の赤矢印で示すように横継手(突起)で固定されており、図‐11を見て明らかにCセクション崩落時に継ぎ手部の連結鉄筋が破断し、他のセクション多大な影響を与えたと管理者が判断したようである。
図‐10 Carolabrüke の架設状況と各セクション継ぎ手構造(左)
図‐11 崩落後のB、Cセクション横継ぎ手状況: Carolabrüke (右)
Carolabrückeは、ドイツ民主共和国時代の1967年から1971年にかけて、Eckhart Thürmer(エックハルト テュルマー)とSpoelgen(シュポールゲン)によって設計され、VEB Brückenbau Dresdenによって建設されているが、当時の建設資材は劣悪であったとの資料もある。Carolabrückeの建設費用は、当時の資料によると3,092,000 マルク(インフレ率2.5%を適用して考えると約2,930,927ユーロ≒約4億6,162万円)である。
2.1 Carolabrückeの構造諸元とゲルバー構造の特徴
Carolabrückeは、前橋が第二次世界大戦で破壊された後、1971 年7月に現在の橋梁が完成し供用開始している。橋長は全長約 630 メートル、中央径間長が約146m、幅員は車道部が約 30 メートルで、自動車用の複数車線、路面電車、歩行者と自転車用にそれぞれ独立した橋梁構造となっている。構造は、プレストレストコンクリート箱桁で用途別にA、B及びCセクションの分離構造橋梁として建設、一体化しているのが特徴である。Carolabrückeの構造系はゲルバータイプのプレストレストコンクリート箱桁橋である。エルベ川の河川内(澪筋)には1橋脚があり、南端橋台側のスパンは 約44m、次が約58m、河川内には支間長120mと95mのスパンで架けられ、北端橋台側が約58mのスパン構成となっている。
エルベ川を跨ぐ最大支間長は、当時の技術では連続化が困難であったことからゲルバー構造を採用し、旧市街側が12mと新市街側が44mの片持ち梁と64mの吊り桁で構成されている。我が国でゲルバー構造は、ドイツ語では「Gerberträger」、定着桁(カンチレバーアーム)は「Kragarm」、吊桁「Einhängeträger」である。Carolabrückeは、ゲルバー構造を採用したことで、桁高と、メインスパンのモーメント力を低減することに寄与している。
Carolabrückeについて多くの公開資料を調べたが、明らかにできなかったのがゲルバー構造部の詳細である。図‐10で明らかなように、橋軸直角方向のCセクションとBセクションの接合部は、架設時の状況写真から明瞭であり理解できる。しかし、私が今回の崩落事故原因を調査する段階で問題視している橋軸方向のゲルバー構造部、定着桁と吊り桁部が重なり合う資料が何処を見ても見当たらないのでより興味が湧いた。そこで、米国の資料などを調べたところ、接合部の素材は強度と耐久性のために鋳鋼を採用したインターロッキング構造であり、定着桁(片持ち梁)と吊り桁を温度変化や回転を許容するように吊り下げた構造である、との表現があった。それを示すのが図‐12の緊急撤去時に落下桁の断面詳細状況であるが疑問点の究明にならず、結論は出せなかった。
図‐12 定着桁(片持ち梁)の断面状況: Carolabrüke
Carolabrückeがこれまで数多く採用されてきた一般的なゲルバー構造であるとすれば、連続梁にヒンジを作ることで不静定構造から静定構造となり、単純梁と連続梁の利点を組み合わせた構造となる。またヒンジを作ることで、作用荷重下で安定した構造と均一な設計モーメントの分散を生み出す効果も生み出す。連続梁とゲルバー梁を比較すると、計算の容易さが特徴であり、連続梁の場合は固定端モーメント、分布係数、不平衡モーメントを算出し、モーメント分布から繰り返し計算によって収束判定を行うことが必要となり、手計算では困難である。
一方、ゲルバー梁の場合は、複数の単純桁に分解し、ヒンジ反力を冗長力として変位条件を立て、冗長力を求める連立方程式立て、必要となる軸力、せん断力、曲げモーメントの算出を行うが、手計算でも算出が可能である。また、最大の正および負のモーメントが中間スパンとサイドスパンに分散されることから、単純梁を使用した同様の構成と比較すると応力が低くなり、効率的なモーメント分散効果が期待できる特徴を有していることがあげられる。先に示す簡易な計算方法で求めることが可能なゲルバー梁の採用が現代で少した大きな理由としては、技術的なイノベーションであるコンピューター技術の発展によって、連続梁の計算が容易になったことがあげられる。
連続梁の計算が容易となることは、ヒンジ部の腐食やひび割れ発生、ノッチでの応力集中などメンテナンス上の課題となっていることや路面の段差を生むなどの理由から、ゲルバー梁の採用が極端に少なくなるのは、当然の結果でもある。ゲルバー梁を採用する場合の注意点をあげると、ゲルバー部のウェブに補強材を設置し、局所的な不安定性を防止することねじり安定性を確保、張り出した区間の横ねじり座屈のチェックなどである。また、ゲルバー梁のヒンジ部設定は、区間1/4部分にセットするのが一般的であり、重要なヒンジ部は、多少の動きを許容し、温度変化や不均一な沈下の影響を軽減する構造詳細とすることが多い。過去の事例を調べてみると、ゲルバー梁構造をプレストレストコンクリート構造に採用した事例は少なく、逆に多いのは鉄筋コンクリート構造もしくは鋼構造である。
ゲルバー梁構造システムは、1960 年代後当時は革新的であったが、その後、潜在的な弱点を持った構造であることが認識され、冗長性がないことから近年の採用事例は大きく減少している。
また、当該橋梁の特徴としては、先にも示すようにA、B及びCセクションと分離構造となっているが、最終架設段階で河川内径間の北側において鉄筋コンクリート製横継ぎ手に北側で図‐10で示すように「強制結合」で相互に連結させ、これにより 3体の異なる橋梁のたわみがほぼ同一となるように工夫されている。ここまで示した情報で明らかなように、Carolabrückeは当時の最新の構造を取り入れた革新的なプレストレストコンクリート橋と言える。