Interview

今後の橋梁計画のスタンダードになるか? 『橋の計画と形式選定の手引き』座談会

2024.05.21

橋梁計画段階で多様な選択に挑戦せよ

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コンサルタントに求められる技術力や知見が現在とは比較にならない質・量で求められる

二次選定でも無理に1案に絞り込むのではなく、複数案を残しても良い

予備設計の段階で議論され、検討したことを明示的に残す

 ――本手引きの構成と使い方について

 久保田 この手引きは、委員会方式や設計競技方式など特殊なプロセスを経て計画される橋というよりも、むしろ標準的なプロセスで計画される大多数の橋を対象としています。しかし、特殊なプロセスで計画される橋であっても、基本条件や固有条件の設定など、手引きに沿って考えることのできる部分は多くあります。この手引きは参考資料も含めて全体で150ページありますが、すべてを読み込まなくても、必要な箇所のみ読んでいただければ構いません。ただ、第1~3章は本手引きのエッセンスで、しかも20ページくらいしかないので、ここは皆さんにしっかり読み込んでいただきたい部分です。全体を俯瞰するためには、第3章の図を見ていただくのがよいでしょう。ここに橋梁計画のフロー図が出てきますが、これが本手引きの核心部分です。従来の橋梁計画の標準的なプロセスと今回の手引きのプロセスで何が違うのかを対比的にわかりやすく示しています。

従来の検討プロセス(左)と本手引きによる検討プロセス(右)
(『橋の計画と形式選定の手引き』より)


 このフロー図では、左右どちらのフローも最初は橋梁計画の前段階にある「道路予備設計」から始まっています。優れた橋梁計画を行うためには、その前段階の道路予備設計が優れていることが非常に重要です。この図では道路予備設計に関しては左右に違いがないように見えますが、テキストでは道路計画の重要性をさまざまな事例を用いて解説しています。例えば路線選定において災害が起きたときに路線が寸断されないように道路計画を行う必要があることなどを、事例を交えて記しています。

 その次、ブルーの破線で囲まれたところが「橋の計画と形式選定」、つまり橋梁予備設計や概略設計などと称される部分です。左右の図で特に大きく異なる点は、2つ目のボックス「リスク評価と適合形式の抽出」が新たに加わっている点です。これはしっかりとしたリスク評価を行ったうえで適合する橋梁形式を抽出することが重要であるということです。

 橋の計画段階だと、まだ様々な条件がクリアになっておらず、地質データや利害関係者との調整など不確定要素がある中で計画を行わなくてはなりません。従来だとそのような場合でも一次選定で3案程度に絞り込み、二次選定で1案に決定していましたが、本手引きでは一次選定で3案程度に絞ることにこだわらず、各案の差が拮抗していれば、4~5案程度残しても良いとしています。さらに、二次選定でも無理に1案に絞り込むのではなく、複数案を残しても良いとしています。つまり、不確定要素が残っている状況下で重要な判断を性急にしてしまわないということです。これも計画の考え方として従来になかった観点だと思います。

 そして、橋梁形式を決めれば橋の計画は完了ということではありません。計画段階できちんと計画しておくべきことを選定案のブラッシュアップ作業としてしっかりと行っておく必要があります。付属物計画や維持管理計画、景観デザインなどを、この段階できちんと行っておく必要があるということです。これらを詳細設計に丸投げにせず、計画業務の中でしっかりとやっておくことが重要です。そこまで責任をもって橋の計画をしないと良い橋は生まれません。細かな点で配慮の足り合い、詰めの甘い橋ばかりが造られ続けることになるのです。そして、各段階でどのようなリスクが解決すべきものとして残されているのかを明らかにしながら、後工程にきちんと申し送りをすることが重要です。

 加えて、先ほどのフロー図の右側に「新技術の導入」とありますが、橋の計画のどの段階においても、「優れた技術」を導入できないかと考えることは重要です。どのような技術を取り入れるべきか、それをどのように検証すべきか、このあたりの考え方も従来のプロセスには明示されていなかったものです。

 とにかく、第1~3章がこの手引きのエッセンスですが、第4~7章では具体的な技術のポイントを詳しく解説していますので、必要に応じて、そちらも参照いただければより深く理解できると思います。巻末には参考資料もつけています。


新四万十橋
(大日本ダイヤコンサルタント提供)


 玉越 従来は段階ごとにけりをつけているわけです。ようは遡らないわけです。線形を引きました、構造物の実施計画を策定しました、橋梁形式を決めました、そして工事発注を行い、完成するわけです。これらは決めた後、後戻りしないのが基本です。

 しかし、今回の手引きはプロセスを軸に作っています。そしてどの(予備設計の下流)段階においても、後工程を意識して進めていくわけです。予備設計の段階で議論され、検討したことを明示的に残すことで、縛りを明確にするとともに、新たに得られた情報を加味しながら選択できる余地を多く残しているわけです。選択できる余地を大きくすることを手戻りとはとらえないわけです。むしろ、無理に絞らないことで、手戻りを減らすことができます。しかもこれらは下流の業者だけが知る情報ではなく、すべての関係者、つまり発注者からコンサルタント、施工業者に至るまでオープンになったプロセスを情報共有するため摩擦が生じません。新技術についても設計から施工発注までの期間は長いですから、設計時点において魅力的でも信頼性が薄い工法で設計に反映しにくいものでも、施工までの間に試験施工や暴露試験を行うことでそれを確認することが可能になる。それをプロセスに明記しておくことで、新技術や新たな知見を導入しやすくし、事業コストやライフサイクルコストを低減することに繋げられると考えています。それは現在の性能規定化に沿う趣旨であると考えます。

 ――しかし、それはコンサルタントに求められる技術力や知見が現在とは比較にならない質・量で求められますね

 玉越 そうです。それに値するフィーもきちんと支払うべきだと私は思います。

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手引書に沿った調達システムの改善も行う必要

 ――フィーは重要です。これだけ予備設計段階で検討すべき量が増えるわけですから。求められる勉強量も相当に肥大化します

 玉越 勉強しなくちゃいかんし、この手引書に沿った調達システムの改善も行う必要があります。

 ――最下流の施工時に不具合が出て無理やり修正すれば、多大な手戻りコストや積算変更が生じます。最上流段階で、できるだけ詳しく検討し、案を残し、課題やプロセスを明示していく方が結果的に事業コストを下げられるという考えは合理的です。しかし、コスト縮減効果が明示できないというところが苦しいですね。絶対にあるに決まっているわけですが

 玉越 表に出ないコスト縮減効果ですからね。

 久保田 例えば、設計VEを行えばコスト縮減効果は目に見えるようになりますが、本来は、難易度の高い現場であれば、予備設計段階でデザインビルドやECIなど施工会社が設計段階にも入ってくるような発注方式を選ぶべきでしょう。

 ――住民説明の時期はいつを想定していますか。また、施工計画についてはブラッシュアップの中に入れますか。またブラッシュアップに携わる技術者はどのような人を想定していますか

 久保田 当然、住民が直接かかわる用地買収の手前では説明しなくてはなりません。ただ、どの時期や工程でそれを行うか? というのは事業の性格ごとに判断する必要があります。

 小松 施工計画も予備設計の段階で当然、標準案以上に現場に近づけるためにブラッシュアップすべきです。施工できる架設工法によって選ばれる橋梁形式が変わるケースもあります。ただ、予備設計段階では得られる情報が限られます。限られた情報の中で検討せざるを得ず、想定条件が変われば、架設ができなくなるリスクもあります。そのためにも、今回の手引では一案に限定せずに複数案残すことも可能であるとしています。
 ブラッシュアップについては、プロジェクトメンバー以外の社内の第三者の技術者を入れて、設計案をレビューしブラッシュアップしています。


施工計画CIMの事例(新宮紀宝道路橋梁詳細設計業務)
(中央復建コンサルタンツ提供)※同社HPより


 松村 (小委に)ファブに入っていただいたことで、施工計画については標準的な案だけでなく、各社各様の独自工法があることもふまえて、新技術の導入余地をフローに入れ、各種工法をより取り入れやすくなるようにしています。

「プロセス重視」の道路計画や橋梁予備設計

リスクもセカンドベストも両方補う

 ――本手引書に示されている道路計画段階でのリスクマネジメントについて、特に地震以外の災害事例についても多くのページを割いていますが、それについて詳しく

 玉越 国土交通省道路局の社会資本整備審議会の道路分科会の道路技術小委員会では国土強靭化や対災害性の向上、維持管理性の向上などが議論されています。例えば土砂が崩壊するリスクがあるのならば上下線分離や4車線化しておく、などです。それは設計の前段階の道路計画で行うべきですが、設計技術を知る人でないと選択肢が見えないという課題があります。それを補うのが今回の全工程をラップしたようなプロセスでやりましょうという方法論なわけです。災害も地震だけでなく、今実際に法定点検も行っており、日本中で何が起こっているかは把握できているわけですから、想定される事象を幅広くカバーできるように、工夫を施せないか、設計に申し送ることはないか、という目で検討を深めていくことが大事です。


立川橋の被災状況
(出典:豪雨災害により流出した高速道路本線橋の早期復旧
(高知自動車道立川橋他災害復旧工事)、日本建設業連合会HP)


 それに今後は現在起こっている災害事象以上のことや、まったく別の事象が起こる可能性もあります。こうしたリスクは積算で積めるお金ではありませんが、先に検討して申し送ることで余計な出費や手戻りを阻止できる見えないコスト縮減になります。

――この見えないコスト縮減を本当に評価してほしいですよね

 玉越 LCCの縮減と同じで、未来のことはなかなか評価が難しいですから。だけどリスクを考えてそれを取り除く努力を否定しない、しかし無駄なことは省く。そのことを両立させるためにも「プロセス重視」の道路計画や橋梁予備設計を行うことで、それをカバーできると考えているのです。


リスク対応の分類と業務段階での対応
(『橋の計画と形式選定の手引き』より)


 ――新しい知見、例えば耐震設計的には問題ないが、水が入ると脆くなる地盤であるとか、そうした知見も新技術同様、プロセスの中で取り入れるべきですね。道路橋示方書などに未規定としても、それはできますか

 玉越 入れられます。例えば私が国総研の橋梁研究室長時代にインフラの損傷事例集を発刊しました。反対する人には「そんな本を作成したら全国のインフラ管理者に追及されるよ」と言われました。でも当然知っている方が良いわけですよ。損傷は誰のせいでもないわけだから。最近の社会資本整備審議会など本省の会議でも、各議会でも災害があれば必ず総括しているわけです。能登半島地震もいずれ総括されると思います。それらは隠すべきではないし、知識を限られた人だけのものにすべきでもない。国民全体に広く知らしめる中で、ニーズに応じて手を入れたければ(道路計画や橋梁予備設計に新しい知見にもとづく対応策を入れたければ)入れれば良い。しかし、例えば水害は日本全国で起こる可能性は必ずしも高くない、地域性もある、しかしそうした議論も知識を全国的に共有していなければできないわけです。知識のフリーアクセスはもはや時代の趨勢ですから、新しい知見を取り入れやすい方向に進みつつあると言ってよいと思います。

 さらに基準は性能規定化しており、構造物単体の性能というよりも道路全体の性能としてとらえていくべきです。今回の手引は橋の予備設計を扱っていますが、これは全体の構造物のプロトタイプとしての取り組みと考え、最終的には道路全体の計画の中に取り込んでいくべきだと考えています。

 ――そう考えると新しい知見や技術の導入は、既存の各種示方書や技術基準に書かれていなくても挑戦できるようにしたいですね

 玉越 挑戦はすべきです。冒険はできないですが、やはり公共財ですから。技術基準、法令が求めている国民に提供する最低水準は絶対に侵してはいけません。半面、個人の趣味で贅沢することも許されません。しかし、新技術が最低限の水準と発注者の求める条件に合致さえしていれば、本邦初だろうが何だろうが採用できるわけです。部分係数を取り入れたのは、それをやりやすくするためです。

 松村 新しい技術はリスクを常にはらんでいます。試験方法によっては現実に求められる性能を必ずしも反映できないことがありますし、設計式と実性能のギャップが生じることも多々あります。今ある合理的で標準構造として用いられている上部工形式や下部工形式も、以前は挑戦的な新形式であり、それを長い期間検証した結果、現在使われているわけです。そうした橋梁形式の根本にかかわるようなものは慎重な検討を要します。

 一方で、コンクリート橋の防食鉄筋や、鋼橋の防食手法など、構造としては致命的にならず、被覆を変えるだけで維持管理に大きく寄与するものは、もう少しチャレンジングに検討の敷居を下げるなどする工夫は必要だと思います。それでもいきなり全面に使うわけではなく、知見を用いて部分的に環境が厳しい桁端部などだけに使うというやり方が良いと感じます。そうした新しい技術を入れることができる余地を残しておくというのが今回の手引の発想の根幹にあります。しかし、新技術を取り入れることだけにこだわらず、リスクの低い従来手法のセカンドベストに戻ることも大事です。

 ――確かに予備設計から実際の施工発注に至るまでは数年の期間がありますから、その間に新技術をプロセスの中に入れて検証し、可否を決定するというやり方は妥当ですね

 松村 基礎もそうですが、当初の予備設計段階ではボーリングデータが少なすぎて、予備設計段階で得られた情報では新技術を入れる余地があるとしても、実際にはもう少しボーリングを行ったうえで決定する必要がある、ということをプロセスの中で明記して申し送れば、リスクもセカンドベストも両方補うことができます。

 玉越 少し補足すると、新技術や新しい知見を入れることを必ずしも推奨しているわけではないんです。あくまで必要な最低限の性能、プラス現場の特殊要件に応じた橋梁を建設するにあたって合理的な手法を取り入れやすくするためにプロセスを重視しています。新技術をありがたがる気は毛頭ありません。そうではなく、与えられた事業に対して合理的かつ最小限のコスト(プライスではない)で橋梁の建設を実現することを求めています。とすれば、あるいはレトロな技術を持ってきても現場にあっていればそれでもいいわけです。
 調達や技術の評価システムは、責任の所在や法体系も絡むため、軽々に言えませんが、少なくとも一定水準以上の情報を上流から下流までが共有して、プロセスの中で理不尽に否定することがないようにしておく必要があります。

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