Interview

今後の橋梁計画のスタンダードになるか? 『橋の計画と形式選定の手引き』座談会

2024.05.21

橋梁計画段階で多様な選択に挑戦せよ

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建設コンサルタントは「知見」を磨き、誇りをもって「フィー」を求めよ。インハウスは「指示できる能力」を磨け。

橋の計画や設計は、近年ものすごく複雑化している

計画初期で間違えると後工程で取り返すのは極めて困難

 ――橋の形式選定などの考え方について

 小松 従来は一次選定で3案程度を選んで、二次選定で最適案を決めて詳細設計に送るというのが大きな流れでした。しかし手引きでは、計画初期の段階で、情報の不確実さを含めたリスクをしっかりと評価して、適合形式を抽出するようにしています。次にそれらを踏まえて形式選定第一段階と呼んでいますが、複数案に絞る過程は不確実要素も多分にある中なので、3案にこだわる必要なく、橋を選定していきます。次に形式選定の第二段階と呼んでいますが、これも無理に一案に絞る必要はなくて、不確定要素があるときは複数案を残すことも示しています。最終的に絞り込んだ最終案に対して付属物や維持管理などを含めてしっかりとブラッシュアップしていく、その過程で合意形成を図るためには、BIM/CIMなどを使っていくということも整理して、あとは詳細設計以降の後工程にリスクと対応方針の申し送りをすることをしっかり記載しています。

 ――逆に詳細設計以降に申し送る内容は

 小松 予備設計段階で得られなかった情報が詳細設計以降の段階で新たに加わるわけですよね。予備設計段階で知り得なかった情報が入った段階で、もう一回その情報を踏まえて、計画を見直さなくてはいけないということを予備設計の段階で伝えておくことが重要であると考えます。

リスクへの対応方針および申し送り事項
(『橋の計画と形式選定の手引き』より)


 ――今までの話は橋梁予備設計だけではなく、道路の線形を引く段階などより上流で行っておくことが重要であると思います。計画段階でしっかりとした検討を行うメリットについて教えてほしいです

 久保田 土木の分野が他の分野に比べて難しいのは、公共事業であることと、事業期間が長く、大規模であるということです。計画にしっかりと時間をかけて検討しておくことをフロントローディングといいますが、そんなことは社会的には数十年前から言われていることです。しかし公共事業は、一連の事業の中で、段階ごとにけりをつけていくという縛りが発生しやすく、それは計画や設計を硬直的にしてしまいがちです。つまり、最善のものが実現されない可能性があるということです。そこを乗り越える手法を考えていかなければならないと感じていました。

 とりわけ、橋の計画や設計は、近年ものすごく複雑化していると感じます。以前は何もないところに橋を架けるような仕事も多くあったと思います。地下埋設物も割とシンプルで、ステークホルダーも少なく、そうした箇所に橋を架けていました。ところが最近の橋梁計画は、ステークホルダーの数も多く、地下構造物もたくさん埋まっています。住民説明もかなり丁寧なものが必要になっています。また、旧橋の架け替えなどでは施工プロセスも複雑で長期間を要します。計画段階で考えることが増えているのです。ところが、事業の実施プロセスが変わっていないため、従来のプロセスではどうしても対応が後手に回りがちになると思います。

 計画段階で入念に検討する本来のあり方にシフトすべきと考えています。設計業務でも詳細設計は業務量が多くて発注金額も高いため「花形」として見られがちです。しかしコンサルタントの技術者が本当に知恵を出さなくてはいけないのは、むしろその前の計画段階です。実際に計画の複雑さは先ほども述べたように増してきており、「花形」の仕事を詳細設計から計画段階にある程度シフトさせ、優秀な技術者が計画に携わるようにしなくてはなりません。もちろん詳細設計も重要です。詳細設計は最後の砦、ここで最終的な品質が決まります。しかし、計画業務の重要性はもっと認識されるべきでしょう。そのためにも、発注者が橋梁事業における橋梁計画業務の重要性を深く認識し、それをふまえた業務発注の仕方に切り替えていくことも必要でしょう。もちろん、業務内容に応じたフィーをきちんと確保することも重要です。

 玉越 計画初期で間違えると後工程で取り返すのは極めて困難です。計画段階が重要であることは私も一致しています。しかし何度も繰り返しているように計画段階では必要な情報のすべてを得ることはできません。ではその解は何か、手引き書にあるように「プロセスで考える」ということです。検討を先送りせず考えることが大事であるわけです。もう一つは構造計算やお金には正解があるが、現場に応じてどのようなものを造るべきか?どのようなリスクに配慮すべきか?というのには正解がないわけです。計画は正解のないことについて検討し意思決定することが重要なわけです。

 小松 現状は形式選定があたかも橋梁の予備設計のゴールかのように思われています。形式選定以外の事項については十分に検討されないまま、ある意味機械的に橋梁形式が選定され、その後も機械的に物事が進んでいき、詳細設計に送るようになっています。そのようなやり方であれば、AIを使って簡単に形式選定ができるようになってしまいます。そうするとコンサルタントなんていらなくなってしまいます。

 しかし本来は、計画段階、予備設計段階が橋の建設においては重要で、しかも高度な知識が求められます。橋の形式選定の上流の道路計画も含めてコンサルタントの価値が提供できるのはここかなと思います。そのためにも本手引きを実務に落とし込んで、発注者受注者の別なく、橋梁に携わる技術者に普及させて実効性あるものにしたいと考えています。それに橋梁の技術者だけでなく道路の技術者にもこの手引きを認識してもらって、コンサルタントとしての価値を提供できるような形にしたいというのが思いです。

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醍醐味としては予備設計や道路計画の方がある

知見に対するフィーについて、建設コンサルタンツ協会こそ、明確な歩掛を作れ

 ――「花形」を予備設計や計画段階にする方向にはなりませんか
 小松 コンサルタントでも本当に橋の設計が好きな人は予備設計にも興味をもっています。ただし、現在の予備設計はあまりにも機械的に成果が作られています。詳細設計の方がむしろいろいろな検討ができるので好きという人が多いわけです。しかし本手引きに沿うようになれば、醍醐味としては予備設計や道路計画の方があると思います。


阿波座JCT(中央復建コンサルタンツ提供)


 玉越 昔は限られた技術しかなかったため、作るところも限られ、道路線形が決まっていました。しかし現在は技術力が上がったことから、道路線形もより自由度が増しています。その分、障害となる課題も多くなり、アセットマネジメントなども含めた様々な知見が必要となっています。
 もっと言うと、ソフトウェアあるいはAIが発達してきたことで、詳細設計はある程度自動的にできるようになっています。コンサルタントが学ぶべき、あるいは提供すべき知見として今から必要なのは、むしろ災害リスクやアセットマネジメントへの対応などを考えた道路線形の引き方や道路計画、橋梁予備設計を行い、蓄積した技術や知見を発揮することです。

 松村 私が見聞きしたところでも、新設コスト縮減のため橋梁を設置した箇所が、道路線形のサグの一番下に位置し、橋梁からではなく土工部から絶えずアバットに水が供給され、損傷を惹起しているものがありました。そこに水を横に流す排水樋を設けるとかひと工夫すれば、損傷はだいぶ減ります。これらも機械的作業ではできない、コンサルタントの知見が必要なことです。道路を設計する場合でも、線形設計だけでなく、橋梁技術者としての知見こそ、これからのコンサルタントには求められることですし、それをしやすくなるよう手引きを作ったと自負しています。

 玉越 そういうことを含めて、計画段階や予備設計で最初に可能性を広げて、徐々にフォーカスしていくというプロセスこそがこの手引きの肝です。

――この手引きを実効性のあるものにするには、コンサルタントフィーの充実とインハウスエンジニアのスペシャリストの充実も重要と思います

 玉越 業務内容が変わるわけですから、積算で評価する点も変わってくると思います。例えば動的解析は、昔は3,000万円かかるような作業でしたが、今ではソフトウェアを用いれば、それほど費用は必要なく高精度の成果を出すことができます。しかし、どこに橋を架ければよいか、どのような橋を架ければリスクを減らすことができるか、という提案ができるのは知見を有するコンサルタントにしかできません。これからはその知見に対して、お金を出すようにすれば良いのだと思います。そして、そういう知見に対する適正なフィーとはどういうものなのかは、むしろ建設コンサルタンツ協会から歩掛かりなどを示してほしいと思います。

 ――建設コンサルタンツ協会が率先して歩掛をつくるべきだと
 玉越 そうです。海外ではPM業務も含めて担当し、がっつりとお金を稼ぐ会社や個人がいます。個々の詳細設計の図面を書くことでお金を儲けるのではなく、根幹の計画に培った知見を発揮することで、言葉本来の意味でのコンサルタントとしての能力を発揮して欲しいし、そういう仕事を作っていってほしいと考えています。
 インハウスエンジニアのスペシャリストも風や鋼構造、コンクリート構造のスペシャリストは必ずしもいらないし、そうしたスペシャリストを作るべきでもないと思います。そうした技術は、学や民に個別のスペシャリストがいますし、技術が進歩すればAIなどソフトウェアに委ねることも可能性としてあります。インハウスに必要なのは、インフラアセットの長期的な供用や維持管理を安定的に確保できる判断力と、コンサルタントや施工会社に的確にニーズを伝え、的確な提案をしてもらえるよう指示ができる能力を有したスペシャリストです。


 松村 しかし、技術力が高いNEXCO各社や都市高速各社はともかく、道府県以下の自治体でインハウスといっても土や構造のことは知らないですよね。それよりは行政手続きなりしかできなくなっています。

 玉越 それは仕方がないです。国総研も同じで昔は個別構造に極めて秀でたスペシャリストがいましたが、今では全体を見る人が多くを占めています。でもそれでいいのです。個別の構造や技術についても、当面はそれに秀でた人に聞けばいいわけですが、そうした「個」の技術力や暗黙知に極度に依存するのは危険です。公共インフラのアセットマネジメントについて、欧米ではすでにISO55000シリーズを用いて、そうした個別の内容もできるだけトレーサビリティやプロセスマネジメントの中に取り入れ、徐々に知識を一般化、共有化していく方向になっています。日本もそうなるべきですし、今回のプロセス重視の橋梁予備設計の手引きはその端緒と考えています。専門的な人は必要でゼロにはできないのですが、その割合を少なくしていく必要があります。そうすれば専門性がある人は余力をさらに新しい技術の開発に振り向けることが可能になります。


小名浜港東港地区臨港道路(橋梁)3号埠頭部
(中央復建コンサルタンツ提供)※同社HPより


 ――インハウスエンジニアが個人的なネットワークを作り、判断していくのではなく
 松村 それよりは人が変わっても組織として知識ややり方を共有できる体制に持っていく、そうした努力が必要でしょう。

 玉越 これからの構造物は、性能で縛るわけですから、鋼とコンクリートだけでなく、FRPなど様々な技術を導入できる余地があるわけです。そうした技術ごとにインハウスが能力を求められてもそれは無理です。

 松村 インフラメンテナンス国民会議の九州ブロックの会議が先般、熊本県でありました。今、玉越さんが話されたことは理想ですが、インハウスエンジニアが皆そうした意識を持っているかというと、難しい。だから我々学の人間が、悩むインハウスエンジニアの相談しやすい、かかりつけ医として振舞えるよう距離を詰めていくべきですし、コンサルタントの高い知見を活かすための橋渡しをできるようにある種のコンソーシアムなど組織を作っていくべきだと考えています。

インハウスエンジニアに求められるのは、「発注のプロ」としての機能

現地に実際に架けられることをイメージしながら、しっかりとブラッシュアップ

 ――そうした考え方や組織が実現すればプロセス重視の橋の計画が実現でき、アセットマネジメントのレベル向上やライフサイクルコストの縮減に寄与できるということですね

 久保田 組織も「機能」で考えることが重要と思います。インハウスエンジニアの中に優秀な人がたまたまいて、その人が橋梁技術に関する必要な機能を果たしてくれる場合はよいのですが、自治体、とりわけ中小の基礎自治体にそのようなスペシャリストがいることは稀です。しかし中小の基礎自治体にもその機能は必要です。しかし、そうした機能を自治体の中で育てるのは実際には困難です。であれば、その機能を外から借りてくる必要があります。例えば優秀なコンサルタント技術者と年間契約するなど、アウトソーシングする形で機能を担保することも選択肢としてあります。あるいは大学にそれを担わせることも可能かもしれません。必要な機能が担保されていれば形式を問う必要はありません。

 ――ここで言及しているインハウスの「機能」とは

 久保田 インハウスエンジニアに求められるのは、「発注のプロ」としての機能です。発注方式の検討や特記仕様書の作成、プロポーザルの募集要項の作成などの機能を担えることが第一と思います。そのためには技術的な内容もある程度理解しておく必要がありますが、むしろ全体を俯瞰しながら契約内容の詳細を詰めていく能力であると思います。ことに昨今は、総合評価落札方式やプロポーザル方式だけでなく、デザインビルドやECI、DBO、PFI、デザインコンペなど多様な発注方式の中から適切な方式を選定し、それをうまくマネジメントしてく能力が発注者に求められていると思います。

 ――一定の市町村が集まって高い能力を有するコンサルタントと契約するという形も選択してよさそうです

 松村 実際に熊本市を中心とした地域でもそういう議論は出ています。やはり小さい市町村は費用分担ができないので、いくつかの自治体が集まることでインハウスエンジニアが有すべき機能のアウトソーシングを実現できると思います。

 ――コンサルタントのフィーを積算するための歩掛の作成を建設コンサルタンツ協会が担うべきという玉越さんの問いかけに関しては、小松さんはどう考えますか

 小松 その通りだと思います。

 玉越 プロセス重視の道路計画や橋梁予備設計という仕事の像をまずは確立して、そのうえで特記仕様書を作り、その知見や労力に見合った積算を提示して、そこで儲けるようになってほしい。

 小松 コンサルタントが生き残るためにも協会として提案していかなければなりません。

 ――最後にこれからの橋梁計画について
 久保田 橋の計画で検討すべきことはたくさんあります。従来通りの機械的なものではなく、これからもっと知恵を出してより優れた橋を計画していく必要があります。そのためには、現場固有の条件をしっかりと情報を集めて分析したうえで、あるべき橋の計画を実現していかなくてはなりません。橋梁計画は決して橋梁形式を選ぶことだけではありません。橋梁形式の選定は橋梁予備設計の重要な要素の1つですが、それが現地に実際に架けられることをイメージしながら、しっかりとブラッシュアップまですべきです。そういったことを橋の計画の「常識」にしていく必要があると思っています。

 小松 橋の計画の提供は、コンサルタントの高い技術力を提供できる分野になると思います。発注者も含めてですが、より良い議論を、より上流で行うことにより、一つでもよい橋が供用されるように、これからも進めていきます。

 松村 橋の維持管理現場を見ると、設計段階で配慮していれば起きなかったであろう問題が起きてしまっているということがあります。いろんなアイデアを設計の中に盛り込み、手引きに沿ってブラッシュアップしていくと、もっと良い橋ができると思います。

 玉越 計画論と設計施工をつないで俯瞰してものを考えましょうということを行うきっかけとして、本手引きは意味があると思います。ただ、調達制度やフィーなど実務に落とし込むところにはまだまだ課題があると思っています。これを使いながら環境を整備していけば、より良いインフラが提供できると思っています。

 ――ありがとうございました

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