「高強度繊維補強セメント系複合材料の設計・施工指針(案)」(VFC指針(案))の詳細について
配向係数 実際の材料を用いて製作した部材の載荷試験を行って求める
配向係数 実際の材料を用いて製作した部材の載荷試験を行って求める
部材試験を行わない場合はkf値を0.5に設定
――では、配向係数はどのようにして求めるのでしょうか?
内田 配向係数は、実際に使用する材料を用いて、対象とする部材の形状寸法および施工方法(打込み方法)を模擬して部材を製作し、その部材の載荷試験を行って求めます。具体的には、まず材料試験で材料の引張特性 σ(w) を決定します。設計では部材耐力を引張特性を用いて算定する訳ですが、実際の部材中の繊維の配向は不明であるため材料試験で求められたσ(w)をそのまま使用することはできません。そこで配向係数 Kf を仮定し、引張特性をKf σ(w) として部材耐力 P’cal を算定し、それが部材実験で得られる耐力 Pexp と一致する(P’cal=Pexpとなる)ようなKf を求めます。
指針の参考資料にも掲載していますが、今回、Kfを求める共通試験を実施したところ、条件によってはKfが0.6程度になることも示されました。そこで、原則として部材試験を実施してKfを定めるのですが、もし部材試験を行わない場合はKfを0.5としてもよいこととしました。
――VFCでは、使用する材料も対象とする部材の寸法・形状も様々であるため、Kfを統一することは難しいのでは?
内田 難しいというより、できません。ですから、この指針はあくまで試験方法や考え方を示したもので、具体的な材料の特性値は提示されていません。最終的には、利用者が材料や工法に基づいた設計・施工要領を作成し、必要に応じて公的機関の審査や認証を受けることが求められます。
――5章「材料の設計用値」について詳しく教えてください。
内田 材料の設計用値を定めることは、設計の前提となる部分であり非常に重要です。先にお話しした通り、VFCの特徴は、材料および材料特性の選択に大きな自由度がある点です。しかし、指針にはそれらについて具体的な数値が示されていません。したがって、自由度が大きいとはいえ、実際に設計者が自由に材料特性を決定することはほぼ不可能です。特にVFCでは引張特性、すなわち繊維の架橋効果を期待しているため、通常のコンクリートのように圧縮強度だけを決めればよいというものではありません。
VFCの引張特性のイメージ
実際には、既に材料開発が完了しており、材料特性もほぼ既知で、安定的に現場に材料が供給できることが確認されている材料を選択することになります。もちろん、設計者が材料特性を決めて、それに基づいて材料開発(材料選択と配合選定)を行うことも考えられますが、それにはかなりの時間がかかり、目標とした材料特性が必ずしも得られるとは限りません。さらに、配向係数については、材料に加えて部材の寸法形状および施工方法も決定したうえで実験により定める必要があるため、通常のコンクリート設計時における強度選定とはまったく異なる考え方が求められます。
材料の設計用値は配向を考慮して定められているため、設計と施工は完全にリンク
現場で適当に打継目を設けることはできない
――16章「施工」の「運搬・打込み・締固めおよび仕上げ」、「継目」については?
内田 参考資料にも具体例を挙げていますが、打込み方法がコンクリート中の繊維の配向に大きな影響を与えることがこれまでの研究で明らかになっています。材料の設計用値は配向を考慮して定められているため、設計と施工は完全にリンクしており、通常のコンクリートのように締固めさえできればよいというものではありません。VFCでは設計段階で打込み方法まで想定していますので、施工ではその通りに行う必要があります。
継目についても、継目では繊維の架橋効果が期待できないため、設計段階で継目の位置を決定しておく必要があります。施工段階で新たに継目を設けたり、設計図書に示された位置から変更したりする場合、場合によっては再度設計照査が必要となることがあるので注意が必要です。繰り返しになりますが、VFCでは設計と施工が完全にリンクしているということに注意していただきたいと思います。
例えば、床版の上面補修にVFCを適用する場合、現場で適当に打継目を設けることはできません。そのため、設計段階から材料の製造能力、運搬時間、可使時間を考慮して施工面積など決定する必要があります。施工は設計で想定した通りに行う必要があります。つまり、設計段階で施工条件を十分に把握しておくことが重要です。
設計段階で界面の付着強度を決めておく必要がある
夏場の界面の乾燥への対応も設計段階で考慮すべき
――その点でいえば、例えば夏場の施工も難しくなりますね。日本は年々酷暑が深刻化し、その期間も長くなっています。VFCは床版上面の補修にも使われますが、その際、新旧界面の接着は、既設コンクリート面に散水して十分に吸水させることで付着を確保するのが一般的ですよね。スイスのUHPFRC指針では、既設床版と増厚UHPFRC層の接着は「monolithic concrete」(一枚岩のように固まる)と表現されています。つまり、既設コンクリート床版表面にウォータージェットをあてて脆弱部を取り除き、湿潤状態にした上で、UHPFRCを振動を与えながら打込み、接着剤を不要とする工法が多く取られています。しかし、岡谷高架橋の補修現場では、鹿島建設があえて界面に接着剤を使っていました。これは、夏場の施工では散水しても打込みまでに蒸発してしまい、接着強度の確保が難しいためであるとのことです。こうした状況に対する対応も必要だと思いますが、いかがでしょうか?
内田 非常に重要な点です。設計段階で界面の付着強度を決めておく必要がありますが、その場合、現場の条件を考慮して決定しないと、施工段階では対応が困難になることも考えられます。夏場の界面の乾燥に対して、どのように界面の水分を確保するか、あるいは接着剤で付着強度を確保するか、これらはすべて設計段階で検討しておくべきです。また、夏場の乾燥だけでなく、寒中や暑中、マスコンクリートに関する事項も指針(案)に基本的な事項は記述されていますが、条件は多様であり、指針案には具体的な内容までは記載されていません。この部分は施工に関する内容として記述されていますが、設計者が設計段階で考慮すべき事項であることを認識していただきたいと思います。
NEXCO中日本所管 中央道岡谷高架橋での現場打ちVFC(UHPFRC)施工 接着剤を使っていることが分かる(井手迫瑞樹撮影)
使用箇所 部材接合部やカルバートの隅角部、耐震性能が求められる部材など
RC床版の増厚などは適用が増えていくのではないか
――改めてお聞きしますが、この指針で提案されている材料は、どのような部材や構造に使うべきとお考えですか?
内田 はり、柱、スラブ、壁(鉄筋量の低減、特にせん断補強鉄筋の省略を期待)や、部材接合部やカルバートの隅角部など(配筋が難しい箇所で繊維による補強効果を期待)が想定されます。また、耐衝撃性が必要とされる部材(かぶりの飛散防止だけでなく、衝突荷重に対する安全性を期待)もあると思います。さらに耐震性能が求められる部材では、圧縮側のコンクリートが繊維により剥落しないことで、変形量が大きくなり、じん性が向上することも期待できます。
さらに、新設だけではなく、道路橋床版のVFCによる増厚などの補修・補強(緻密な組織による防水性や塩害抵抗性の向上、耐疲労性の向上)にはすでに適用されていますし、今後も増えると思います。
NEXCO中日本 福井管内でのRC床版上面補修への現場打ちVFC適用例(大林組提供)
特に床版などの薄い部材ほど繊維が二次元配向しやすいため、繊維がより有効に働くと考えられ、このような部材にVFCを適用するのは合理的だと思います。また、鉄筋の配置が難しい定着部(PC定着部やプレキャストPC床版の継手部)では、補強筋量を減らしつつ所要の性能を確保できる材料として使用することが可能です。すでに一部のゼネコンや橋梁ファブでは、そのような使い方が実践されているケースもあります。
阪神高速でのプレキャストUFC床版の架設例と横目地へのVFC打設適用例(鹿島建設提供)
――最後に、この指針(案)の読者対象として、どのような技術者層を想定されていますか?
内田 ゼネコンやPCメーカーなどの設計・施工管理者だけでなく、発注者や一般の建設コンサルタントにも読んでいただきたいと思っています。ただし、VFCは材料特性の範囲が非常に広く、適用できる部材も多岐にわたります。設計者は、構造や部位に応じて特性値を自分で決める必要があり、その際、施工まで考慮しなければなりません。したがって、設計者は施工会社や材料開発メーカーと協力するか、十分に勉強しないと使いこなせないでしょう。
繊維メーカーも繊維の種類も多岐にわたる
鋼繊維や合成繊維の規格値例
しかし、だからこそ設計の自由度が高く、うまく使えば非常に合理的でコストを抑えた構造物を実現できると考えています。VFCの引張分担を期待して鉄筋量を減らしたり、耐力を向上させたりすることで、軽量化や長大化が可能です。また、材料が緻密であることから、構造物の長寿命化も期待できます。補修・補強においても、軽量化や薄層化により既存構造物への影響を最小限に抑え、現場での工期や工程を短縮する効果も期待できます。例えば、阪神高速やNEXCO各社の現場では、UFC床版がその効果を発揮しています。鋼床版並みの軽量化を実現し、既存構造物の補強を不要または最小限にしながら、施工に使用する重機を小型化し、工期も短縮しています。また、床版防水を不要とするために、プレキャストPC床版の上面に数十ミリだけUFC層を設ける構造も採用されています。現場打ちの床版上面補修でも、長期延命化や防水層の省略が期待できる材料として使われています。
繰り返しますが、VFCの材料特性は施工にも大きく依存します。施工を理解していないと、適切な設計ができません。そのため、採用を決定する発注機関の技術者や、提案する設計コンサルタントの技術者の皆さんにも、本指針(案)を読んでいただき、課題やメリットをきちんと把握していただきたいと考えています。VFCをうまく活用すれば、これまでにない性能を持つ構造物を実現できる可能性があり、ぜひ新しい技術に挑戦してほしいと思います。
土木分野に若者が定着しない理由の一つに、業界の保守的な風潮があると考えられています。土木にも新しい技術があり、夢のある分野だということを次世代に伝えるためにも、本指針(案)が広く活用されることを願っています。
――ありがとうございました