新春インタビュー① 佐々木葉 土木学会会長インタビュー
2024年6月から112代土木学会会長に佐々木葉氏が就任した。女性初の会長である。元々は建築畑であったが、東京大学の橋梁研究室を皮切りに土木分野への造詣を深め、 景観デザインを中心に研究を進めている。デザイン監修・アドバイス作品にりんどう橋(国有形登録文化財)、霞橋(土木学会田中賞)、天竜峡大橋(土木学会田中賞・土木学会デザイン賞)、石巻の旧北上川かわまちづくり(土木学会デザイン賞)など、橋梁とのかかわりも深い。その佐々木氏に土木学会の課題や会長としてなしたいことを存分に語っていただいた。(井手迫瑞樹)
「こんなことやれたらいいな⇒やれるよ」という状況を具現化するインフラ
「こんなことやれたらいいな⇒やれるよ」という状況を具現化するインフラ
特別プロジェクトとして、3つの柱を明確にした
――会長としての抱負と、就任後に成しえたことについてお話しください
佐々木 ほかの業界も変わらないかもしれませんが、土木業界もまた、課題が山積しています。一番大きな課題は、人手不足なのかなと思います。ただ、課題に対してはもう皆さん本当にそれぞれの場面で頑張っておられます。
そんな中で土木学会の会長になり、学会そのものはもちろん、学会を通じてどうしたらもっとみんなが元気になれるか、土木という大きな分野を魅力的にしていけるか、そこにフォーカスしたいと考えています。
フォーカスの際の基本的な考え方は、土木学会においては「発注者」、「受注者」、「コンサルタント」、「研究者」、「恩師と弟子」などの肩書に関わらず、土木を生業にし、「土木が好き」という一点で結集するような形で議論する場を作ることです。立場を考えずにしてみたいこと、出会いたい分野の人と出会えること、そして議論を愉しみ、学会で培った議論による成果や、人脈を用いて、自分がやりたいことを実現できるようにすることが、学会の一番大事な役割なんじゃないかなと思っています。要するに、「こんなことやれたらいいな⇒やれるよ」という状況を具現化するインフラである、と私は思っています。そのためには、学会を、自由に交流し、発言し、年齢や性別、立場などを考慮せず、のびのびできる場にしていきたいと考えました。
――会長の特別プロジェクトとして、3つの柱を明確にされていますね
佐々木 はい。「交流の風景プロジェクト」、「広がる仕事の風景プロジェクト」、「学会のDXプロジェクト」です。
ディテールが都市の日常にホッとする風景体験を生み出す(桜小橋)
時代が重層する都市風景の質をあげるデッキ(浜松町)
堤防は川の風景を楽しむ場を提供する(石巻)
それぞれに具体策がいろいろありますが、たとえばJSCE交流名刺です。所属会社や役職の名刺ではなく、土木学会の独自の名刺を作ることで、交流がしやすくなるのではないか? と考えました。
JSCE交流名刺の裏面。話が弾むきっかけに
また「クマジロウの教えてドボコン」の動画配信があります。土木学会の会員になっていても意外と学会そのものの内容を知らない方もいます。そうした方々に分かりやすく、面白く伝えるため配信しています。これらの活動により「敷居を低く」して、土木学会の諸活動に積極的にかかわる人を増やしていきたいとも考えています。
クマジロウの教えてドボコン (「会長の決め方」など結構攻めた企画も)
以前からD&I委員会が行っている、土木に絡めて、働き方や生き方を語るオンライン配信番組「D&Iカフェトーク」で語られる内容もそうですが、既存の型にとらわれた「今までの思考形式や行動形式だけでなく、こういう形もある」というのをあちこちに取り入れれば、世界は良くなっていきそうだ、ということが沢山ある。そういう内容を会員の皆様にお届けするために、あれこれやっています。
総会でのプレゼンテーション / 土木コレクション風景
また、土木学会のDXについては、情報インターフェースのストレスフリーを実現することを目指しています。
端的なのは学会のウェブサイトです。お世辞にも見やすいとは言えないですよね(苦笑)。スマホで見たらまず字が小さくて見えません。情報は豊富に掲示されていますが、外部の人間が欲しい情報にアクセスしようとしてもなかなか到達できません。これを改善したいと考えています。
学会の様々な委員会は学会サイトのUIの不便さから、独自でホームページを作り、成果を公表しています。しかし、それはそれでセキュリティや責任を負うリスクなどが生るので本来はよくありません。これをなんとか改善していきたいと考えています。
時間もお金もかかるので、私の任期中には形に現れないかもしれませんが、学会事務局内でロードマップを描いてもらい、少しずつでも進めていきます。
女性は1割以下 しかし年齢層が若くなるほど多くなる傾向
女性だけでなく男性の一部も自由に発言できる柔軟な場を作る必要がある
――土木学会の書籍や学会外でも廃版になっているが重要な書籍の電子図書館化も考慮していただきたいところです。例えば、橋梁の用語を簡易に説明し、橋梁初心者が学びやすい本であった「橋梁用語辞典」は、古本市場で5~10倍近い値段がついています。
佐々木 そうですね。一部戦前名著の電子化公開など行われていますが、学会から提供している資料など、学会の財産の電子化も行っていかなくてはならないことの一つだと考えています。
――次に女性初の会長ということで土木学会にそうしたジェンダー的な変化をどのようにしていこうと考えていますか。また、女性が土木に入りやすい下地をどのように整えていきたいと考えていますか
佐々木 現在の土木学会会員は、男性が約93%、女性が6.4%と圧倒的に男性の割合が多い状況です。ただ、年齢層が若くなるにしたがって女性の割合が高くなっています。
ただ、私はジェンダーという一見わかりやすい属性に課題を収れんさせるのはちょっと違うかな? とも思っています。
――というと?
佐々木 たとえば、発言がしにくい、のびのびと働きにくい。あるいは自分の都合で休暇を取りにくいといった環境は、別に女性に限らず、男性も抱えていることだからだと思うからです。すごく乱暴な答えかもしれませんけれども、自分がやりたいと思ったことはなんでものびのびやれる環境をつくることが、男女共同やダイバーシティを推進していくときの本来目指すべき解決策ではないでしょうか。
そのためにも、受け入れる側である意思決定層が、時代の変化に対して柔軟になり、今まで発しにくい言葉も発しやすくするように、対話の場をつくる工夫することが大事なのだと思います。
女性ならではの課題はもちろんあります。生理や出産は男性にはないものですから。しかし、それ以外のものは従来女性が担わされていた育児や食事の準備なども、今は男性も普通に行っています。それは若年になるほど無意識に行っています。すなわち男女というジェンダーの課題ではなく、実はその垣根を超えた普遍的な課題なのだと思います。
もちろん、女性だから受け入れられなかった、ということは男性に比べて多かったと思います。そうしたジェンダーの課題に対処するためにも、決定層における女性の割合を増やすべきだとは思っていますし、土木学会でも今すぐ何%にしてください、と数値目標は要求していませんが、女性の理事を増やしていくことはお願いしています。多様性の観点からもそれは大事なことですから。
その意味では、今回女性である私が会長になったことは、土木学会でも女性が会長になれるという先例ができたという点で意味のあることなのでしょうね。
土木学会は新たなイノベーションを生む場
バイオリズムの違いを堂々と言える女性が必要
――佐々木会長は、土木の分野における女性学識者のパイオニアの一人であることは論を俟たないと思います。女性ならではの視点というものはなにか強調すべき点はありませんか
佐々木 平均値や統計を取ってみれば何か差があるのかもしれませんが、私はそのように物事を考えてきませんでした。多様性(ダイバーシティ)も、性別や国籍、人種や年齢など表から見えやすいものもありますが、私はむしろどのような経験をしてきたのか、そしてどのような考え方を有しているのか? その多様性の方が重要であると思っています。
土木学会は、そうした「考え方の違う」経験をしてきた人が集まり新たなイノベーションを生む場にしていける場ですし、それを各人の職場などに持ち帰って得た成果を伝えて、職場自体も違いを尊重でき、対話でき、イノベーションを生み出しやすくし、働きやすくできる場に変えていく手助けをしていきたいなと思っています。
それでも女性ならではの視点をあえて挙げるとすれば、先ほども話したようなバイオリズムの違いを堂々と言えるようにできるということでしょうか。男性と同じように頑張る女性を育成しても均質化されるだけで多様性には寄与しません。体調が悪くて休む、出産・育児があればはっきりと「自分ができる働き方を提示できる」女性が構成員にならなければ、多様性や気付きという面では土木業界の多様性にあまり寄与しません。
すでに決まった物事を効率よく進めるためには、規格が揃った駒を動かす方がうまく進むでしょうが、現代はそうした大量生産の時代ではありません。